連載コラム<県産本 コレ読んだ?>

 大正11(1922)年、空手史上に輝く一冊の本が世に出た。冨名腰(船越)義珍による『琉球拳法 唐手』である。元来空手(唐手)は沖縄の上流士族に伝わる秘術であって、みだりに外に公開すべきものではないとされ、その伝播(でんぱ)も口伝と実技によるものであったが、書籍という形で技術体系を公にする、ということは空手にとっては歴史的事件であった。

榕樹書林・2700円

 この日本初の空手本は発行後すぐに関東大震災に遭い、活版の型紙も、まだ配本もろくにされないままの在庫も灰となってしまい、今日残されている原本は極めて少ないとされている。

 空手本の復刻を考えた時、真っ先に「これをやらねば」と思ったのは当然といえば当然で、幸い偶然にも初版本が手に入ったので、宮城篤正氏に解説を依頼し、上製布装の立派な本に仕上げた。1994年のことである。

 原本の貴重さなどを考えるとすぐに売れてしまうのでは、とワクワクしながら1500部を発行したが、完売するのには10年の月日が必要であった。冨名腰義珍は日本空手道の父とたたえられてはいるが、日本の空手が、その出発点である沖縄との関わりを失うにつれて冨名腰義珍そのものも忘却されつつあるのではないのか、という疑念を持たざるを得なかった。

 2005年に品切れになったのを契機に、並装・普及版とし、価格を下げて再刊した。ほとんど同時に摩文仁賢和の『空手道入門』も同様に再刊したが、『空手道入門』は再び品切れになっているのに『琉球拳法 唐手』はいまだ在庫の一角に居座っている。

 船越義珍の空手の系譜は今では世界中で圧倒的なシェアを誇っているのだが、どうやらその分沖縄的要素とか歴史性とかが希薄化しているのでは、と感じてしまうのだが、どうだろうか。

 空手を原初に立ち戻って考える時、忘れてはならない本である。(武石和実・榕樹書林代表)