沖縄を代表する演劇人として活躍した真喜志康忠の逝去を伝える沖縄タイムスの紙面には「沖縄演劇の巨星」「最後のスター」との大見出しが並んだ。2011年12月16日にこの世を去ってから5年、アーティストで孫のCoccoは「愛された人だな。いなくなっても、家族のバランスの中心にいる気がする。おじさんたちがそっくりになってきて、爆笑することがある」と話す。

名作歌劇オムニバス「浅地紺地」で4作5役を演じる真喜志康忠=1993年2月5日、沖縄県立郷土劇場

Cocco

名作歌劇オムニバス「浅地紺地」で4作5役を演じる真喜志康忠=1993年2月5日、沖縄県立郷土劇場 Cocco

 1977年生まれのCoccoは幼いころから楽屋に出入りし、舞台の脇などから祖父の舞台を見てきた。「子ども心にも、舞台に出てきた存在感というか、空気が変わるのを感じた」と追想する。

 その一方で「じいじいが倒れた時、お見舞いに行ったら、手が白魚のよう、シミ一つない。芝居しかやっていないぜいたくな手だった」との印象が強く残っている。一方で、「でーじ働いていた」という祖母八重子の、常にスポットを浴びる名優を支える苦労も思いやった。「家族に言わせれば、勝手な生き方もあったと思う。でも、『この人、格好いいな』が勝ってしまう。魅力があったんだ」と推し量った。

 1997年にデビューし、祖父と同じ表舞台に立つ仕事を続けている。京都の音楽祭で歌っていた時、沖縄からの共演者に「発しているものや、伝えようとするものが、康忠さんに似ている」と言われたことがあるという。「内地で言われたから、内地でも自分はウチナーだとうれしかった」