沖縄水産高校を夏の甲子園2年連続準優勝に導いた故・栽弘義監督をモデルにした映画「沖縄を変えた男」に関連し、興南高校の我喜屋優監督と栽監督の薫陶を受けた大野倫さんが語り合う。聞き手は同映画の原作者・松永多佳倫さん。

映画「沖縄を変えた男」にちなんだ対談で栽弘義監督について話す我喜屋優氏(右)と大野倫氏=那覇市・沖縄タイムス社

決勝で選手たちを励ます栽弘義監督(右)=1990年8月21日、甲子園球場

映画「沖縄を変えた男」にちなんだ対談で栽弘義監督について話す我喜屋優氏(右)と大野倫氏=那覇市・沖縄タイムス社 決勝で選手たちを励ます栽弘義監督(右)=1990年8月21日、甲子園球場

勝ち続けたから説得力がある

 松永 2007年に興南高校に監督として戻ってきましたが。栽イズムは意識しましたか。

 我喜屋 まったく違う社会人にいたのでしなかった。栽さんは小禄、豊見城、沖縄水産と常に表街道を歩いている。その裏は知るよしもないけれど、いろいろな経験をされたと思う。その先にあるのは野球、指導者としての苦悩ではないか。人は表しか見ないじゃないですか。表以外の根っこが、栽さんにはあるような気がするんです。根っこの部分のほうがあの人の生き方だったのでは。

 松永 大野さんが「栽先生は隙がある人だ、その隙が魅力だ」と言っていた。

 大野 グラウンドだけでない裏も見て育ってきたので。評価は分かれると思うが。

 我喜屋 許されている訳ではないが、「あの人だったら」というのもある。それがあの人の人間力じゃないかな。さらけ出している。それで人が集まる。離れてみていろんな魅力がある。あれだけ厳しいことをされても「おかげさまで」という言葉がでてくるじゃないですか。

 大野 栽先生は人間教育というより勝負の世界というか、甲子園で勝つことへの執着心がものすごい。

 松永 映画でははっきり「暴力」という名のスパルタを描いていることについて。

 我喜屋 栽さんについて、映画を見て答える気にはならない。脚色してあるし。私たちが「いいですね」とはいえない。今の世の中では通用しない。ただ、感情が先にあるとだめです。理論が先にあってこそ効果がある。生徒は見抜く力がある。

 大野 映画のようにやられてはいるのですが、感情だけでは耐えられなかった。「栽先生はこうしたい」ということを理解した上で、ついていけば甲子園とか、その先になにかあると信じているから。僕らの感覚では暴力ではなかった。

 我喜屋 勝ち続けたから説得力がある。甲子園と勝利が、栽さんが引っ張っていくキーワードだ。