藻谷浩介氏

 27年前のゴールデンウイーク、初めて訪れた沖縄。暑さにめげながら自転車で本島を一周し、浦添で知り合いのそのまた知り合いの小さなアパートに転がり込んだ。夜中まで飲んだ後、「じゃ、僕は隣の友人の部屋に泊まるから、ベッドでゆっくり寝てね」と、部屋の主は出て行ってしまった。初対面の年下の相手への親切に、心底感動した。

 その後50回は訪れたであろう沖縄。全市町村で数知れぬ思い出を積んだ末に、今月より12回、連載の機会をいただいた。今年は沖縄にとって、いろいろな意味で正念場だ。感謝を込めて、精いっぱい書かせていただきたい。

 何が正念場なのか。辺野古や現政権との関係はもちろんだが、それらとはまったく別に、人口の面でも沖縄は曲がり角に来ている。15-64歳の沖縄県民(生産年齢人口)が、全国に20年遅れて、昨年より減少を始めたのだ。ご存じの通り国勢調査の速報値によれば、沖縄や東京の総人口はまだ増えている。しかし住民票を年齢別に集計すると明らかになるのだが、東京でも沖縄でも、増えているのは高齢者だけだ。

 そのため、沖縄以外では20年前から起きていた人手不足+消費不振+不動産余剰の同時進行が、沖縄でも起き始める。中長期でみて、沖縄の失業率は景気とは無関係に下がって行くが、にもかかわらず県民の消費は増えない。

 さらなる米軍基地の返還は喜ばしいのだが、これまでとは勝手が違い、跡地の埋まり方はスピードダウンしていく。外国人観光客関連の投資と消費の増加にはまだまだ期待できる。だが折も折、中国本土、台湾、韓国などでも生産年齢人口が減少に転じつつある。そのため今後は、東アジア全体で経済の活力低下が避けられない。

 生産年齢人口の減少が、供給ではなく需要を損なうことは、2010年刊行の「デフレの正体」で指摘した。マクロ経済論者からの「批判」への再反論も、13年刊の「里山資本主義」などに書いている。だがそれらを読まずとも、いわゆる「アベノミクス」の3年間に国内の個人消費が実はゼロ成長だったという事実を見れば、筆者の指摘の趣旨は直感できるだろう。

 沖縄での減少が全国より20年遅れたのは、戦争の惨禍で戦後の出産ブームが遅かったことが大きい。同様に戦争で痛めつけられた中国本土でも、沖縄とほぼ同時に生産年齢人口が減少に突入している。この影響についても、回を改めて述べたい。

 人口減少は、本質的には悪いことではない。与那国島の久部良バリの悲しい言い伝えは、土地と生産力が限られた島という社会での、一方的な人口増加の恐ろしさを示す。人が増えすぎれば、水と食料とエネルギーの不足のリスクが高まるし、交通渋滞も深刻化する。

 緩やかな人口減少を受け入れつつ賢く対処することで、さらに豊かな沖縄、日本、東アジアが実現できるだろう。今はそのためのハンドル切り替え地点、まさにウチナーのターニングポイントなのである。(2016年4月2日付沖縄タイムス経済面から転載)