沖縄県内のシニアサッカーをけん引する49歳のストライカーが、偉業を成し遂げた。20日にあった県シニアサッカーリーグ最終節の前原壮年クラブ戦でゲンジン・クラブの翁長喬(たかし)が126試合で通算100ゴールを達成した。リーグ創設から21年の歴史上、初の快挙だ。翁長は「何としても40代で達成し、後輩たちの目標となりたかった」と喜んだ。県サッカー界の“レジェンド”は、26日から宮崎県で開催される九州大会に出場する。(我喜屋あかね)

県シニアサッカーリーグで通算100ゴールを達成した翁長喬(右)=沖縄市

 中学でサッカーを始めてからFW一筋。進学した長崎の高校は部活禁止だったため、一人で壁にボールを蹴り続けた。卒業後は設立されたばかりの海邦クラブ(現海邦銀行サッカークラブ)に最年少で入団。同い年の三浦知良=J2・横浜FC=に触発され「もっとサッカーを学びたい」と19歳でイギリスのクラブチーム「ウェストクリフFC」に所属した。

 渡英当初は英語がしゃべれず、差別的な言葉も浴びせられたが、フィジカルで負けないように足元などのプレー技術を磨いた。

 21歳で帰国後は、プレー中に左膝に人工靱帯(じんたい)を入れる大けがを負い「プロは諦めたが、沖縄でできることを一生懸命やろう」と県リーグに所属。ボールを蹴り続けた。

 40歳以上が所属する県シニアリーグでは2009、10年と2年連続で得点王。40代の県シニア選抜では選手兼監督を務める。

 試合中は誰よりも声を出し「できるだけいいポジションをとることを意識している」と、チャンスで一気にゴール前に攻め込む。記念すべき100ゴール目は味方のフリーキックに体ごと飛び込み、胸で押し込んだ。「きれいにかっこよくじゃない。泥臭いゴールだった」と笑うが、これまでのサッカー人生を象徴するゴールだった。

 九州大会に向け「FWとしてとにかくチームを勝たせる仕事をする」と意気込む。元気な限り競技を続けるつもりだ。「身長も関係なく、頑張った分だけうまくなるのがサッカー。来年は50歳代の選抜チームに入り、全国に連れて行く」。目標は尽きることはない。