旧満州(中国東北部)の冬は厳しい。北に位置する黒竜江省は真冬だと気温は零下30~40度にも達する。浦添市の宮里竹子さん(71)は、ここで母親と一緒に38年間暮らした

▼宮里さんの父と母、祖母は戦前、開拓団として移住。宮里さんは移住先で生まれた。だが、同じく移住先で生まれた姉2人と祖母は栄養失調で亡くなり、父は戦後シベリアに抑留された、と母から聞いた

▼中国に残された母娘。母親は助けてくれた中国人と再婚するが、2人の苦難は続く。学校で、職場で「日本の鬼」といじめられた。思い出すだけでも嫌だと顔をしかめる。母は涙を流しながら沖縄民謡を歌っていた

▼糸満市の県平和祈念資料館で歴史の教訓を学ぼうと「ウチナーンチュが見た満洲」展が開かれている。開拓団や義勇軍として旧満州へ渡ったウチナーンチュは約3千人、全国では計27万人にも上る

▼病気、栄養失調、「集団自決(強制集団死)」、戦死などで約8万人が死亡。ウチナーンチュは約千人が亡くなっている。中国人の土地を強奪し「王道楽土」「五族協和」をうたった国家建設の夢物語は、悲惨な結末をたどった

▼宮里さんは今、孫もでき、日本語を勉強する静かな生活を送る。「幸せですか」と聞くと、「つらいことはいっぱいあったけど、今は幸せ」と答えが返ってきた。(玉寄興也)