母「夢見させてもらった」

 新垣渚投手の母、八重子さん(60)は「いっぱい夢を見させてもらった。ここまでよく頑張った」と息子をねぎらった。ダイエーやソフトバンク在籍時、新垣の登板があると、孫と共に福岡の球場まで駆け付けて声援を送ったという。

ダイエー入りが決まり後輩の泊メッツの子どもたちに囲まれガッポーズの新垣渚投手=泊小グランド(2002年11月撮影)

 引退については29日、本人から連絡を受けたと言い、「これからも野球に関わる仕事をするかもしれない。夢に向かう子どもたちを育てることもしてほしい」と希望した。

 兄の薫さん(40)は「プロで優勝を経験できたのも財産。14年もプレーできたのは素晴らしいこと。人生の終わりではなく、一つの区切りがついただけで、奥さんを含めて渚を支えた家族にお疲れさまと伝えたい」と語った。

「記憶に残る投手」 恩師や関係者ねぎらう

 沖縄水産高時代、横浜高の松坂大輔(現ソフトバンク)らと共に甲子園を沸かせ、プロ入り後も3年連続2桁勝利を挙げるなど活躍した新垣渚投手の引退に、野球関係者は「記憶に残る投手だった」「苦しい時期もあったと思うが、ご苦労さま」とねぎらった。

 ソフトバンクの稲嶺誉スカウト(36)は、沖水高で共に甲子園の土を踏み、ダイエー(当時)に同期入団した旧友だ。「高校時代は『150キロ以上投げていればいいんだ』という感じだったが、球速が出なくなっても工夫してやってきた。本当に頑張ったから引退という言葉が出たんだと思う。お疲れさんと言いたい」とおもんぱかった。

 沖水高で故・栽弘義監督の下で、コーチとして指導した宜保政則さん(49)は「遠投120メートルを投げる肩や手首の強さ、肘の柔らかさと素質が一級だった。栽監督も『鍛えればプロに行く選手』と期待していた。甲子園で勝ち上がれなかったことを悔しがっていた」と振り返る。

 高校卒業後は大学に進学し、4年越しの夢をかなえてプロ入りした新垣投手。宜保さんは「いろいろ苦しい時期もあった。ご苦労さまと言いたい」と話し、「第2の人生も野球に携わってほしい」と期待した。

 九州共立大時代の恩師で同大スポーツ学部の仲里清教授(62)は「心残りもあるかもしれないが、プロの世界は厳しい。その中で記憶に残る選手となり、よく頑張ってくれた。夢を一緒に追いかけてきた。ありがとう、と伝えたい」と語った。

 沖水OBの大野倫さん(43)は「プロは結果の世界なので、どう踏ん切りつけるかということ。ウチナーンチュの野球ファンとして残念。プロでもあのスライダーは一流だった。捕れるのは城島(健司)捕手しかいなかった」と懐かしんだ。