常夏のイメージの沖縄に「季節感がない」と言う人がいる。本当にそうだろうか? デイゴが咲き、アカショウビンがやって来て、月桃の白い花がふくらみ、クサゼミが鳴く。ホタルが乱舞し、フクギの花がホロホロと散り、オカガニが産卵のために夜の海へと急ぐ。アダンの実が色づき、やがて新北風(ミーニシ)が吹き、サシバのタカ柱が見られ、サトウキビの穂が銀色に輝く。沖縄も自然は十分に季節感に満ちている。

南山舎・1512円

 しかし、ある意味「季節感がない」というのは当たっているかもしれない。自然がというより、自然と遠ざかり、時間に急き立てられるように暮らすようになった私たち自身が、である。

 昔であれば、目印とする星の位置で農作物の播種(はしゅ)の時期を見極めることは重要なことであったし、船旅をする者、漁をする者は特に、季節ごとの風の違いに敏感であったろう。夏至南風(カーチーバイ)や新北風などは、よく耳にするが、種子取りの時節に吹く種子取南(タニドリバイ)や、八重山では首里王府に進貢船を出すのにも利用していた旧暦正月前後の南風・歳暮南風(シーブーバイ)などは本書で初めて知った。

 地域地域に今も伝わる各種の農耕儀礼、伝統行事も、そもそもは季節の変化と対応する生活文化の一部であったはずだ。が今は農業との結びつきも薄く恒例イベントの様相を呈している。

 著者は、石垣島測候所勤務を振り出しに、長年、気象人として「自然」に向き合ってきた。石垣島測候所といえば明治31(1898)年に所長として赴任し、「天文屋(てんぶんやー)の御主前(うしゅまい)」として知られる岩崎卓爾(たくじ)のことが思い起こされる。動植物や民俗、歴史に深い関心を寄せる気風は、岩崎卓爾から大仲さんまで受け継がれているようだ。

 資料として付された生物暦では、花の咲く時期、身近な小動物の初見の時期、鳥の初鳴き、渡りの時期などを何月何日と記しているが今でもそれほど狂いはない。小さな変化にも季節の移ろいを知る、自然のある暮らしを大切にしたい。(大森一也・南山舎編集)