【沖縄】ひょうたんで作った世界に1つだけの三線―。沖縄市山里の宮里昌秀さん(79)がこれまで趣味で手掛けたオリジナル三線の数は70丁以上。約1カ月かけて作った「ひょうたん三線」を片手に、老人ホームでの演奏も予定していて、「心の中に響き渡るきれいな音色に仕上がった。早く披露したい」と意気込んでいる。(中部報道部・比嘉太一)

ひょうたんで作った三線

「多くの人たちに早く音色を披露したい」と意気込む宮里さん=9日、沖縄市山里

「多くの人たちに早く音色を披露したい」と意気込む宮里さん=9日、沖縄市山里

ひょうたんで作った三線 「多くの人たちに早く音色を披露したい」と意気込む宮里さん=9日、沖縄市山里 「多くの人たちに早く音色を披露したい」と意気込む宮里さん=9日、沖縄市山里

 ひょうたん三線は今年9月ごろから製作を始めた。市内の三線店で偶然、ひょうたんを材料にした三線を見つけたのがきっかけだった。「自分でも作ってみたい」と意欲が湧き、自然と頭の中で図面が浮かんできたという。

 市内のリサイクルショップでフィリピン産の直径20センチのひょうたんを購入。クワの木を削ってさおにし、軽くて丈夫なひょうたんにニスを塗って完成させた。

 自前の三線を初めて作ったのは14歳の頃。当時の遊びは海辺で歌や踊りを楽しむ「毛遊び(モーアシビー)」。先輩たちが三線を片手に歌う姿に憧れたが、家が貧しく三線を買えなかった。そこで、宮里さんが思いついたのは身近な物で三線を作ることだった。

 材料となる木は地元の山に登って、探し出した。本来、ヘビ皮で作る三線の胴「チーガ」は缶詰を使用した。初めて作った「カンカラ三線」の弦の音が鳴った時の喜びは今でも忘れられない。

 以来65年間、オリジナル三線作りにはまった。20歳の頃から大工として働きながら製作。これまで使った材料は、やかんや(プラスチックの)食品保存容器、ヤシの実など数知れない。製作の傍ら、民謡歌手の登川誠仁氏から歌も教わった。

 2年前に50年以上務めた大工の仕事を引退した。その後は地域の老人ホームでオリジナル三線を奏でて自身の歌を披露。高齢者を元気づけるボランティアを続けている。宮里さんは「ひょうたん三線の音色で多くの人たちを喜ばせたい」と話した。