1970年12月20日未明、コザの街は「騒乱」状態にあった。今から46年前の出来事である。

「米国が見たコザ暴動」ゆい出版・2160円

 沖縄の民衆の溜(た)まりに溜まった怒りが爆発した瞬間であった。戦後米軍による沖縄支配は、民主主義とは程遠く、沖縄の民衆は、自らの権利を一つ一つ勝ち取る息の長い闘いを続けていた。

 同年9月糸満町(当時)で酒酔い運転でスピード違反の米兵が主婦を轢(ひ)き殺した。加害者の米兵は、軍法会議で無罪となる。この時期、沖縄の民衆の怒りは、沸点に近づきつつあった。

 そして20日未明、中の町で道路を横断中の住民を米軍人の車がはねた。前日は、「毒ガス即時完全撤去を要求する県民大会」が美里中学校で開かれ、参加者の多くが町へ繰り出してもいた。

 暴動の直接のきっかけは、死亡に至らない交通事故であったが、事故処理に当たったMPの対応は、住民の怒りを爆発させるのに十分であった。MPのパトカーがひっくり返され、通りがかった米軍人の車両が同じように火をつけられた。82台の米軍人の車が焼き打ちされた。

 本書はこの事件について、米軍側の公式資料を網羅して発刊したものである。琉球警察、米憲兵隊、弁務官府、米大使館などの公文書を収集し、その原文に日本語対訳をしている。1999年、9月7日の「市民平和の日」(45年米軍と日本軍が降伏調印した日)に合わせて刊行された。自分たちの街の歴史をしっかり見つめ記録し、市民と共有しようとする当時の沖縄市の編集担当者の並々ならぬ熱意が伝わってくる。沖縄市が発行し、ゆい出版が発売という形で協力した。PXでの販売を試みたが反応はなかった。洋書の専門店では将校クラスが購入したようだ。

 かつてウチナーンチュの中に「マグマ」が溜まっていると形容した県知事がいた。今、沖縄の置かれた状況は、コザ暴動の時代とどれほどの違いがあるのだろう。(松田米雄・ゆい出版編集発行人)