1950年から53年の間に出版された平良彦一編著『楽譜附 宮古民謡選集 全』は、古書店などでも見つけることができなかった。どうやら同書がガリ版刷りで、普及版が出てなかったことが理由だったようだ。今回の翻刻版でその事情が分かったが、いずれにせよ、貴重な幻の本である。

「翻刻版・平良彦一編著 楽譜附 宮古民謡選集 全」(フォレスト・4860円)/いわもと・ぶんいち 民謡研究家。南島伝承研究会主宰▽たいら・ひこいち 1889~1959年。旧平良市(宮古島市)生まれ。宮古民政府の文化編纂(へんさん)委員会委員(歌謡担当)。

 本書の特徴は採録したアーグ(あやご)に楽譜がつけられている点だろう。著者と同年代で活躍した音楽家の友利明令が「とーがに」「狩俣のいさめが」「豆が花」などを歌い、日本蓄音器商会からレコードを出したことが記録されている。おそらく著者の平良彦一も歌い手でもあり、楽譜の知識も備えていただろう。

 宮古のニーリや「史歌」、あやぐなどのフィールドで、外からきた研究者を悩ませるのは、発音・発声の表記。たとえば、71年に、三一書房から出版された『日本庶民生活資料集成』の第19巻「南島古謡」。外間守善の編集で、宮古諸島については稲村賢敷、新里孝昭、本村勝史らが参加している。ニーリ、フサ、タービ、ピャーシ、トーガニなどが分類されているが、この本を開いてびっくりした経験がある。子守歌など聞き慣れていた歌詞が奇妙な表記になって、前後の意味が分からなくなっているのである。

 同様に日本放送協会編の『日本民謡大観 宮古諸島篇』でも同じ戸惑いを抱いた。これはカタカナ、ひらがなで表記しようとしたムリが原因だと分かった。戦前の方言蔑視、同化政策のために、逆にヤマトグチへ近づけようとする表記もまた誤解を招く要因になっている。N・ネフスキーの場合は、耳だけを頼りに表音記号で採録しているので了解しやすい。しかし、カナ表記は規則が定まっていないため、解読に苦労する。その点は本書も同様である。楽譜は五線譜になっているが、民謡の発声をどこまで表現しているか、気になる。

 とはいえ本書には未知の歌謡も多く収録されており、今後の研究の基礎資料として重要であることには相異ない。(川満信一・詩人)