今から60年前、1956年のクリスマスは、米軍の圧政と闘った政治家、瀬長亀次郎さんが人民党事件で服役した後に出馬した那覇市長選の投票日。開票日の翌26日に当選が決まり、“赤い市長”が誕生した。米国民政府とのパイプを強調した他候補を破ったニュースは米国の首都ワシントンにも伝わり、衝撃を与えた。瀬長さんは「(当選は)民衆から米国へのクリスマスプレゼント」と周囲に語ったという。(社会部・又吉俊充)

サンタクロースの姿をした瀬長亀次郎さんの人形を見つめる内村千尋さん=24日、那覇市若狭・不屈館

瀬長亀次郎さんの当選を伝える沖縄タイムスの紙面(1956年12月27日付)

サンタクロースの姿をした瀬長亀次郎さんの人形を見つめる内村千尋さん=24日、那覇市若狭・不屈館 瀬長亀次郎さんの当選を伝える沖縄タイムスの紙面(1956年12月27日付)

 瀬長さんが残した膨大な資料を展示し、大衆運動の歴史を伝える不屈館(那覇市若狭)に12月上旬、赤いサンタクロースの姿をした、ゆるキャラ風の「瀬長くん」人形が届いた。

 一風変わった作品は、愛知県の団体職員、宇野進二さん(51)が3年前から贈り続けているもの。服装などに趣向を凝らす作品が届くたび、不屈館は販売し、収益を運営費に充てている。

 サンタ姿の人形を見た瞬間、瀬長さんの次女で同館の館長、内村千尋さん(71)は、ふと記憶がよみがえった。「今年は父の市長当選から60年の節目だ」。今月上旬、館内に“カメさんサンタ”へのメッセージを募る掲示板を設置した。

 「へこたれるな、負けるなと活を入れてください」「時には気持ちもなえてめげそうになるが諦めない」。瀬長さんの「不屈」精神に共感する来館者からの書き込みが並ぶ。

 辺野古違法確認訴訟の最高裁敗訴、オスプレイ墜落-。内村さんは、60年前と変わらず沖縄は米軍基地に翻弄(ほんろう)されていると感じている。「市長当選後、米国民政府の補助金の打ち切りや、金融機関の融資中止や預金凍結など、父も米軍側から相当な圧力を受けました」

 米側はさらに布令で市町村選挙法などを改定し、54年の人民党事件の罪名を理由に瀬長さんの被選挙権を剥奪。就任わずか11カ月で市長職を追放された。それでも、次の市長選で後継候補が当選するなど幾度も弾圧を跳ね返してきた。

 内村さんは22日、オスプレイ墜落に抗議する緊急集会に参加した。圧倒的な権力をかざす日米両政府と対峙(たいじ)し、「マキテーナイビラン(負けられない)」「チバラナヤーサイ(頑張ろう)」と4千人余りの聴衆に訴えた翁長雄志知事のスピーチが、瀬長さんのそれと重なった。

 「補助金打ち切りの時、市民は自主的に税金を納めて父を助けた。民意を背負って闘う知事である限り、窮地に追い込まれた時、必ず民衆が助けてくれる」

<ことば>

人民党事件 1954年、瀬長亀次郎さんら同党幹部や党員が米軍の退島命令を拒否した党員をかくまったとして犯人隠匿ほう助罪などの容疑で逮捕された事件。当時、冷戦下で米国民政府が同党を共産主義政党と決めつけ、同党に対し強硬策で臨んでいた背景がある。