民意が踏みにじられ、軽んじられ、国策が強行される。住民運動を力で排除し、公金をばらまき、地域をずたずたに分断して。 

 新基地建設を巡り、翁長雄志知事が「辺野古沿岸部の埋め立て承認取り消し処分」を取り下げたことを受け、政府は27日、埋め立てに向けた工事を再開した。

 行政上、仲井真弘多前知事の「埋め立て承認」が復活したことになるが、民主主義や地方自治の観点から検証すると、この移設計画には依然として問題が多い。

 もう一度、辺野古問題の経緯を振り返りたい。

 2010年、仲井真氏は「普天間飛行場の県外移設」を公約に掲げ再選を果たした。以降、毎年のように慰霊の日の平和宣言で「一日も早い普天間飛行場の県外移設」を求めた。知事が会長を務める軍転協も、同様に政府に県外移設を要請してきた。

 政府・自民党の圧力で、自民党国会議員5人が「県外移設」の公約をかなぐり捨て、仲井真氏が県民への事前説明もほとんどないまま埋め立てを承認したのは、3年前のちょうどこの時期だ。すべての混乱の原因はここにある。

 政治家の「裏切り」に県民の怒りが爆発し、その後の県知事選、衆院選、参院選では新基地建設に反対する候補者が当選したのだ。

 しかし今やその民意さえお構いなしに、辺野古埋め立てが強行されようとしている。

 普天間移設計画は当初の「基地内移設」から「基地の外への新基地建設」に変わり、住民の頭越しに進めないという方針も反故(ほご)にされた。

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 県が15年に実施した県民意識調査で、米軍基地が沖縄に集中する現状を約7割の人たちが「差別的だと思う」と回答した。

 私たちが「差別」という重い言葉で本土の人たちに問うのは、基地負担の不均衡の解消である。自分たちが受け入れられないものを未来にわたって沖縄に押し付けようというのは公平・公正・正義に反する。

 沖縄と本土との埋めがたい溝が、沖縄に基地を集中させる見返りに金をばらまくという「補償型政治」によってもたらされていることも忘れてはならない。

 米軍再編交付金は、米軍再編への協力度合いに応じて支払われるという究極の「アメとムチ」政策である。

 埋め立て予定地に近い「久辺3区」に直接補助金を出すのもなりふり構わないやり方だ。

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 工事再開を前に翁長知事は菅義偉官房長官を訪ね「事前協議」を求めた。しかし話し合いは物別れに終わった。

 戦後、これだけ基地を押し付けておきながら、なぜこれから先も沖縄だけが負担を強いられなければならないのか。どう考えても理不尽である。

 沖縄の人々が望んでいるのは、憲法で保障された普通の生活だ。基地の過重負担を解消してほしいというのは、決して過大な要求ではない。 

 政府は埋め立ての法的権限をサヤに収め、対話による解決を図るべきである。