米軍基地問題など世知辛いニュースが続いた2016年もあとわずか。年の瀬は、明るく温かな気持ちで迎えてほしい。今年紙面で伝えたハッピーニュースのその後を訪ねました。

野球部員から贈られたオリジナルTシャツを着け、手作りお守りを手に「甲子園に行けるよう頑張って」とエールを送る佐藤まいさん=日、熊本県益城町(母めぐみさん提供)

震災後も野球部員と手紙での交流が続いている(母めぐみさん提供)

震災後に野球部員から贈られたオリジナルタオル。まいさんはタオルを片手に応援を送り続けている(母めぐみさん提供)

野球部員から贈られたオリジナルTシャツを着け、手作りお守りを手に「甲子園に行けるよう頑張って」とエールを送る佐藤まいさん=日、熊本県益城町(母めぐみさん提供) 震災後も野球部員と手紙での交流が続いている(母めぐみさん提供) 震災後に野球部員から贈られたオリジナルタオル。まいさんはタオルを片手に応援を送り続けている(母めぐみさん提供)

■1通の手紙がきっかけ

 熊本地震の発生前日に熊本県益城町の女性から浦添商業高野球部に届いた1通の手紙(4月22日掲載)。部員から「無事でいてほしい」との願いを託された本紙記者が宛先になっていた自宅を訪ねると、差出人の佐藤まいさん(13)が笑顔で記事に目を通した(4月23日掲載)。浦商ナインと被災地少女の「絆」は今も途切れることなく、復興に向けて歩むまいさん家族の励みとなっている。

 「私は無事です」。記事を目にしたまいさんは部員とテレビ電話で再会。その後も手紙でのやりとりは続き、部員側からは赤色のオリジナルタオルとローマ字で「MAI(まい)」と刺しゅうされた手作りのお守りが贈られた。

 母めぐみさんは「復興が真っただ中で大変な状況が続いている。浦商ナインからの応援が1番の励みになっている」と話す。

 夏の甲子園県予選には、単身赴任で沖縄にいる父一男さんが球場に毎試合、足を運んで応援した。浦商ナインの活躍を動画に収め、無料通信アプリ「LINE(ライン)」でまいさんに送った。

 まいさんは「野球部員の頑張りが私の励み。今年は三回戦で負けてしまったが、来年こそ甲子園のマウンドに立ってほしい」と被災地からエールを送り続けている。