米軍による広島、長崎への原爆投下と日本軍によるパールハーバーへの奇襲攻撃は、両国民の戦争観に深い影を落とし、越えがたい溝をつくってきた。もしオバマ米大統領の広島訪問がなかったら、安倍晋三首相の真珠湾訪問も実現しなかっただろう。

 両首脳は広島でも真珠湾でも、謝罪という言葉に触れないことによって訪問にまつわる政治的リスクを回避し、相互訪問という形をとることによって「和解」をアピールしたといえる。

 安倍首相は27日午前(日本時間28日朝)、ハワイのホノルルでオバマ大統領と会談した後、大統領とともに真珠湾のアリゾナ記念館を訪ね、真珠湾攻撃の犠牲者に献花し、黙とうを捧げた。

 安倍首相は演説で、米国や米国民が示した戦後の「寛容の心」に謝意を表し、「不戦の誓い」や「戦後70年間に及ぶ平和国家の歩み」を「不動の方針」として貫いていく決意を表明した。

 両首脳の相互訪問が日米関係史を飾る成果であることは間違いない。ただ、日本の被爆者のわだかまりがこれで解消されると考えるのは早計だ。トランプ政権になって核軍拡が進めば、後戻りする可能性もある。

 今回の真珠湾訪問に関してもう一つ気になることがある。中国との和解はどうなるのか、という点だ。日米の「和解」と「同盟強化」が強調されればされるほど、中国はおだやかではいられなくなる。日米和解のうねりを東アジアにも及ぼし、緊張緩和につなげる取り組みが必要だ。

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 真珠湾での演説で両首脳は日米同盟がかつてなく強化されたことを強調した。安倍首相は同盟の中身にも踏み込み、「それは、いままでにもまして、世界を覆う幾多の困難にともに立ち向かう同盟」である、と語った。

 憲法9条の下で「不戦の誓い」を立て、「平和国家」として歩んでいくことと、「いままでにもまして、世界を覆う幾多の困難にともに立ち向かう」こととは、どのようにつながるのか。

 日本国憲法は「戦力の不保持」と「交戦権の否認」を掲げている。一方、米国は戦後さまざまな戦争に関わり続けてきた軍事大国だ。水と油のような異なる安全保障基盤に立つ日米の「同盟」とは一体、どのようなものなのか。

 以前は「同盟」という言葉を使っただけで国会で取り上げられ問題になった。今や鳥の鳴かぬ日はあっても「同盟強化」が叫ばれない日はない、といいたくなるほどだ。

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 安倍首相は首相になる前の2004年の著作で「軍事同盟というのは血の同盟」だとその本質を説明した。

 日米同盟とは「軍事同盟」なのだろうか。首相が強調する「同盟深化」「同盟強化」とは、お互いがお互いのために「血を流す」ということなのだろうか。

 日米同盟は米軍の日本駐留によって担保されている。米軍や米軍基地をどこよりも多く引き受けているのは昔も今も沖縄である。公平な負担の論議もないまま、同盟強化だけが叫ばれる現状は危うい。