多彩な「群星(むりぶし)」たちが手を取り合いながら生きる沖縄。古里から遠く離れ、長年本土で暮らす沖縄県出身者の目には、どう映るのだろうか。ラジオ・テレビパーソナリティーのジョン・カビラさん(58)に聞いた。(聞き手=東京報道部長・宮城栄作)

「多様性を受け入れる社会を」と語るジョン・カビラさん

「異なる価値観受け入れるウチナーンチュに誇り」

 那覇市で生まれ、13歳まで沖縄で過ごした。1972年の本土復帰を境に東京で暮らすことになったが、米軍統治下から復帰という歴史的な体験をしただけに、当時の記憶は鮮明に残っている。

 ドルから色鮮やかな日本円への交換、行政主席の屋良朝苗さん(元知事)、教職員のストで学校が午後から休みになった。そして、B52爆撃機、コザ騒動…、古里を離れても、沖縄に関心が向き続けたのも、激動の記憶が鮮明だったからだろう。

 音楽を中心に沖縄の文化に触れると自分がウチナーンチュであることを自覚する。昨年10月の第6回世界のウチナーンチュ大会で司会をし、ウチナーンチュが、ウチナーンチュであることに誇りを持っていることは素晴らしいと、改めて思った。あんなにうれしく「ウチナーンチュ」と叫ばせてもらったことはない。

 世界26の国・地域から7千人もの人が集まった中で思ったのは、ウチナーンチュイコール「他と違う」ではなく、「他を排除する」でもないということ。ブラジル生まれだけど、沖縄の血が流れ、アルゼンチンの人ともつながっているという思い。他と区別するためにウチナーンチュというプライドを守るのではなくて、ルーツにリスペクト(尊敬の念)を持ちながら、現在の国籍の国で精いっぱい頑張る。そういうことが、連帯感につながっている。

 一方で、世界や国内でも排外主義的な傾向が強まり正直、戸惑う。経済的格差の拡大が背景にあると思うが、グローバルリズムの恩恵といっていた部分が、ふたをあけると格差を助長し、政治的紛争も絶えない世界になった。戦後の構造の金属疲労が吹き出したんだろうね。

 逆に、こんな時代だからもう少し聞く耳を持ち、心に余裕を持つべきだと思う。異なる価値観を持っている人たちと触れ合い、話し合うことが、重要なのではないだろうか。