この2週間、東京と沖縄では、ニュースの中身に大きな隔たりがあったのではないか。無残な暴行殺人事件の続報は、東京ではあっという間に聞かれなくなり、舛添要一都知事の不祥事話ばかりが繰り返されている。今回の犯罪が沖縄県民に与えた恐怖感や圧迫感、そして何十年たっても事態が改善されないことに対する怒りは県内の政党、保守・革新を問わず共有され、広がりをみせた。しかし、またしても国民全体には共有されていないようだ。


 特にけしからぬのは、「米軍は日本にいてほしいが、自分の近くにあるのはイヤなので、そのまま沖縄が抱えていてくれ」と考える県外の人々だ。これまでもさんざんにひどい目にあってきた沖縄に、いつまでタダ乗りを続けるのか。とりわけ海兵隊は、輸送部隊の近くに置かれるのが当然であり、沖縄トラフ地震に伴う津波来襲の危険のある沖縄本島東海岸上に滑走路を新設するというのは、前回この欄にも書いたが無責任を極めた話である。


 そこで県民各位に一つご提案したい。今日すぐにできること、いや今日だからこそできることだ。県議選に投票に行くのである。


 筆者は特定候補を推薦しているのではない。各自が一番ましだと感じる候補者の名前を書いて、有効に投票すればいいのだ。何のために? 投票率を上げるためである。誰が勝つ、勝たないという前に、投票率を上げることが最重要だ。問題意識を持って議論し行動しているのが決して県民の一部ではないということを、これまでとは段違いに高い投票率をもって示すべきなのだ。


 4年前の沖縄県議選の投票率は52%、一昨年の衆議院議員選挙も52%だった。ノンポリ住民の多い東京の都議会議員選でも、たとえば2009年には投票率が54%を超えたことを考えれば、2人に1人近くが棄権しているというのは残念な数字である。ちなみに前回知事選でも投票率は64%で、県内有権者の3人に1人は意思表示をしていない。


 だがこの数字を、2年前の名護市長選の77%というような水準にできれば、東京の政治家も「えっ!?」と思う。沖縄では本気の議論が起きていると気付く。そのことが、沖縄をないがしろにする態度を引っ込ませる。勝ち負け以上に投票率こそが、かなたの永田町にも緊張感を生むのだ。


 棄権常習の皆さまはもしかして、「投票しないのは政治不信の表明だ」などとうそぶいてはおられないだろうか。それは間違っている。棄権することは、その選挙で勝った候補者に自分も投票したというのと同じだからだ。本人は不信の表明のつもりでも、通った側からすれば棄権は「白紙委任」を受けたのと同じで、ありがたいだけで痛くもかゆくもない。


 舛添都知事への総攻撃を見聞きして思う。少なくとも前回舛添氏に1票を投じた都民は、今は黙って自己責任をかみ締めるべきだと。都民でありながら前回都知事選に行かなかった人々は、それに輪をかけて、彼に白紙委任した己を恥じ入るべきであると。沖縄県民もまずは投票に行って、それから県外の無関心層のタダ乗りに対し、声を上げてほしい。
。(2016年6月5日付沖縄タイムス総合面から転載)


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