事故原因にかかわる最終調査も終わっていないのに防衛省は、6日以降、垂直離着陸機MV22オスプレイの空中給油訓練を再開する、と発表した。ところが、米軍はその日、実際に実施したかどうかさえ明らかにしなかった。

 米軍と政府は住民の不安解消と再発防止に責任を持たなければならない。にもかかわらず県に対し、再開したかどうかの連絡すらなかったという。

 政府サイドから訓練再開の情報が漏れ伝わったのは夜も遅くなってからである。

 なぜ米軍はこれほどまでにかたくななのか。なぜ政府は住民には向き合わず米軍の意向ばかり優先するのか。

 安倍晋三首相は2015年4月、米連邦議会の上下両院合同会議で演説し、安保法制を「夏までに必ず実現します」と米議会で約束し、「米国のリバランス(再均衡)を徹頭徹尾支持します」と明言した。リバランス政策とは外交・軍事の軸足をアジア・太平洋地域に移す政策のことである。

 首相演説は、米軍をこの地域にとめ置くため、負担の肩代わりや訓練環境の整備など、あらゆる協力を惜しまない、と宣言したのに等しい。

 従属的な姿勢を示しつつ、抱きついて米軍を離さない。そのようないびつな「抱きつき政策」のしわ寄せをもろに受けているのが沖縄である。

 米軍は、県民の生活や権利を守る義務を負っていない。その義務を負っているのは日本政府だ。だが、政府の基地政策は著しく公平・公正に欠ける。

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 住民の主張と米軍の論理が対立する場面では、政府の基地政策はおおむね、米軍寄りの対応に終始してきた。なぜ、政府は米軍に対して従属的な対応を取り続けるのか。

 その理由の一つが「抱きつき政策」にあることは、先に触れた。さらに、もっと根の深い事情もある。

 国際問題研究家の新原昭治さんが米解禁文書をもとに明らかにしたところによると、今からちょうど60年前の1957年2月、東京のアメリカ大使館から国務省あてに、在日米軍基地に関する次のような報告がもたらされた。

 「日本での米国の軍事活動の規模の大きさに加えて、きわだつもう一つの特徴は、米国に与えられた基地権の寛大さにある」

 「行政協定のもとでは、新しい基地についての要件を決める権利も、現存する基地を保持し続ける権利も、米軍の判断にゆだねられている」

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 行政協定は現在の地位協定に引き継がれ、地位協定は復帰後、沖縄にも適用されたが、中身の基本は行政協定とほとんど変わっていない。

 地位協定や関連取り決めによって保障された基地特権、狭い島での海兵隊による激しい訓練、嘉手納基地という巨大な空軍基地の存在。

 世界の先進国の中で、沖縄ほど外国軍隊の駐留に伴う平時の「複合過重負担」を背負っている地域はない。

 一体、誰が沖縄の人々の尊厳を守り、権利を保障するのか。政府が守れなければ住民は抵抗権を行使して理不尽な政策にあらがうしかない。