元プロ格闘家・フィットネスクラブ経営 松田恵理也さん(39)=宜野湾市出身

 打撃や投げ、関節技など多彩な攻撃を駆使して戦う「総合格闘技」の世界でプロとして活躍。現在は格闘技の動きを取り入れたフィットネスを運営する。「格闘技は暴力ではない。肉体を通じて人を豊かにするもの」の信念で日々、身体との対話を続ける。

「最近、ようやく格闘競技者から格闘家になってきた」と語る松田恵理也さん=東京都板橋区

 小5で柔道を始めたが、ある日、テレビで目にした総合格闘技の先駆けで、プロレス団体UWF(当時)の試合に衝撃を受けた。「パンチやキック、投げなどなんでもありの真剣勝負。自分もここに立ちたい」と目標を定めた。

 中学では直接打撃を取り入れた極真空手に入門。かつて世界大会にも出場した七戸康博師範(柔道日本代表、七戸龍さんの父)の下、中学卒業後も厳しい稽古を重ねて県代表の座を得るまで力をつけた。

 が、気がつけば二十歳目前。「プロ格闘家の夢はどうした?」とくすぶる自分に活を入れて、一念発起し、上京を決意。道場には「不義理をお許し下さい」との書き置きだけを残し東京へ向かった。

 プロ選手の付き人としての下積み時代を経て、1999年にアマチュア大会で準優勝。総合格闘家として独り立ちすると、パンクラスなどを主戦場に活躍。8勝中7勝がKO勝利という空手で培った打撃は“高速の打撃”と恐れられた。

 その一方でけがに泣かされ、思うように試合が組めなかった。「体の使い方が間違っているのではないか」と自分の体と向き合うようになり、人体構造の奥深さにひき込まれた。

 2009年に格闘技の要素を取り入れたフィットネス「タイフーンクラブ」を立ち上げ指導者の道へ。教室には10代から80代まで幅広い年代の生徒が集まる。「体が変わると人は心まで変わる。逆に自分が驚かされる」と人体が持つ可能性に学ぶ日々だ。

 今年、40歳。プロではないが、格闘家を引退したわけではない。3月12日には自身初となる沖縄での凱旋試合を豊見城市で予定している。「自分が生きてきた証を見せたい。恩返しの意味も込めて」と少年のような笑顔を見せた。(小笠原大介東京通信員)=連載・アクロス沖縄<33>

 【プロフィール】まつだ・えりや 1977年、宜野湾市生まれ。柔道、極真空手で腕を磨き、二十歳で上京。1999年アマチュアリングストーナメントで準優勝、2001年にプロ総合格闘家デビュー。打撃を得意とし、リングスやパンクラスの試合で活躍。戦績は13戦8勝5敗。2009年にフィットネス「タイフーンクラブ」設立。身体操作研究家。