普天間高出身の木崎頌子さん(23)が大学卒業後、マレーシアで小中学生に新体操を教えている。指導者の道に進もうと決めたのは、高校の相撲部監督だった父・智久さん(現与勝高教頭)の背中を見て、「競技だけでなく、全てをひっくるめて子どもたちと向き合いたい」と思ったからだ。マレーシアの子どもたちの持ち味を引き出し、そこにしかない演技を求めて、東南アジアの地で奮闘する。(大門雅子)

「その土地ならではの演技を引き出したい」と語る木崎頌子さん=2016年12月、沖縄市体育館

マレーシアで新体操を教える木崎頌子さん。選手を優しく見守る(kelvinyuenphotography.com 提供)

「その土地ならではの演技を引き出したい」と語る木崎頌子さん=2016年12月、沖縄市体育館 マレーシアで新体操を教える木崎頌子さん。選手を優しく見守る(kelvinyuenphotography.com 提供)

 小学5年から新体操を始め、2010年に沖縄で開催された全国高校総体「美ら島総体」の強化選手として、競技に打ち込んできた。小学生の頃から指導を受けた山本里佳さんが監督を務める国士舘大に進み、4年時には主将を任された。

 卒業後も大学に残り、コーチ業を学ぶ予定だったが、マレーシア・セランゴール州からのコーチ派遣依頼に「自分を高めたい」と即決。15年10月に同州へ渡った。

 教えているのは小3から中3までの10人。日本の国民体育大会に当たる、2年に1度の大イベント「スクマ」に向けて、週6日の指導に力を入れる。

 イスラム教やヒンズー教など宗教も違えば、使う言語もさまざま。「足を閉じて」と言うのにも、「クローズ レッグズ」「クワン ジャオ」と英語や中国語を交えながら伝える。「言葉はまだまだでも、思いは伝わっている。やりがいを感じる」と充実感が漂う。

 沖縄市の自宅には、多い時で20人近い下宿生が住んでいた。「物心ついたときから相撲のお兄ちゃんたちがいた」という環境で、親身になって生徒やその家族の相談に乗る智久さんの姿を見て育った。

 「新体操は選手寿命が短い。人としてどうありたいかを考え、感謝や気遣いができ、好かれる選手を育てたい」との思いが指導の原点だ。

 高校時代の監督で新体操クラブ「コライユ」代表の古謝真子さんは「現役時代はけがに苦しんだが、自分の意志を貫く強さがあった。指導者として情熱をぶつける姿が頼もしい」と背中を押す。

 音楽を流せば踊り出すというマレーシアの子どもたち。「新体操でこんな動きをするのか、と発見も多い」と木崎さん。目指すのは、その土地に暮らす人にしかできない表現だ。

 「美ら島総体では、沖縄ならではの衣装や振り付けを披露した。当時の演技をまだ覚えてくれている人がいる。マレーシアの子どもたちにしかできない表現を一緒につくっていきたい」。若き指導者の真っすぐな目が輝いた。