1970年2月13日に開かれた第18回日米協議委員会で、沖縄に設置する復帰準備委員会についての発表試案では「沖縄住民の民意を十分に反映させる」「琉球政府行政主席の意見を最大限に尊重する」との文言があったが米側の「誤解を与える」と指摘し、修正されたことが分かった。