2017年(平成29年) 12月18日

銀髪の時代 「老い」を生きる

息子に向かって「どなたさま?」 変わっていく母の行動【銀髪の時代】

【連載・銀髪の時代 「老い」を生きる】

行方不明になった安慶名静枝さんの情報提供を呼び掛けるチラシ。シールや横断幕も作り必死に捜索してきたが、見つかっていない

 浄水器、布団セット、健康食品…。十数年前、安慶名静枝さんが住む沖縄市の実家に長男の達也さん(48)が帰ると、さまざまな宅配物やセールスの電話が気になった。

 黄色い財布は同じものが二つあり、首をかしげる息子に静枝さんは「これを持つと、宝くじが当たるんだよ」。孫たちをショッピングセンターへ連れ出しては「度を過ぎた数」のおもちゃを買い与えることも。明らかに必要のない高額商品は、達也さんが業者に連絡し解約した。

 「異変」は金銭感覚にとどまらない。物忘れを自覚していた静枝さんは、59歳で役場を勧奨退職。好きだった車の運転も危なっかしくなり、車体の至る所をぶつけ、その傷をガムテープで隠すようになっていた。間を置かずに免許証を返納したのは、周囲に強く説得されたからだ。

 次第に家族以外との接触が減っていく。当初は精神的な病気を疑い、近くのクリニックでうつの診断を受けた。だが治療を進めても症状は悪化し、64歳になってようやく、若年性のアルツハイマー型認知症と分かった。行方不明になる2年前のことだ。

 静枝さんの発症後、達也さんの8歳下の弟が、共に認知症の静枝さん、祖母我如古アキさん(91)と同居し、身の回りの世話を担った。日中はデイサービスや訪問介護の利用で乗り切ったが、働きながら24時間すき間なく見守ることは難しい。達也さんが仕事の傍ら様子を見に行くと、静枝さんとアキさんが二人きりで言い争っていることもしばしば。互いの服やお金がなくなっているという押し問答は、息子たちが間に入って、その場を収めた。

 同じ病とはいえ、高齢で症状が緩やかなアキさんに対し、現役時代とのギャップが大きく、目が離せない静枝さんに達也さんの心は揺れた。真顔で「おたく、どなたさまですか」と聞かれれば、ショックを押し隠し「長男の達也やいびーんどー」。認知症の人の介護は本人の意思を尊重し、否定しない姿勢が大切なのに、静枝さんの「失敗」を目にすると、抑えられないことがあった。「母ちゃん、駄目でしょう」

 静枝さんが行方不明になる前夜は、曇り空だった。仕事を終えた達也さんがいつものように実家に寄ると、ソファで横になった静枝さんは「明日も雨かねえ」などとつぶやきながら、小さな子どもにするように達也さんの頭や顔をなで続けた。「普段は素っ気ないので不思議に思ったが、何か伝えたいことでもあったのかな」。達也さんは回顧する。

 静枝さんはやがて寝息を立て始め、達也さんはそっと実家を後にした。ささやかな母と息子のひとときはこの日を境に、長く途絶えることになる。(「銀髪の時代」取材班・新垣綾子)

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