那覇市牧志の水上店舗で宮城文子さん(86)=南風原町本部=は、手縫いの丹前を売っている。「もう半世紀作っている。今は私だけかな」。丹前通りとも呼ばれた一帯の最後の1軒で、冬だけの営業だ。内職は家計を助けるためだったが、同時に「働くことで社会が分かった」と多くを学んだ。家族や市場の人々に支えられ続けてきたが、今季限りで店を閉じる。(編集委員・謝花直美)

一針ずつ丁寧に、子ども用丹前を仕上げる宮城文子さん=那覇市牧志

 衣類を扱う店が並ぶ水上店舗で、文子さんの店は目を引く。ビロードの襟、しまやかすり柄の大人用、幼児用の赤や黄色の鮮やかな色合い。道行く人も一瞬足を止め、懐かしそうな表情を浮かべて見入る。

 取材で訪ねた今月初旬、店先で品定めする客の会話を、文子さんはにこにこしながら聞いていた。母親は「子どもが布団を蹴とばすので、丹前を着せたい」とうれしそうに話せば、友人は「家にあれば家族で取り合いになるね」と笑う。県外や海外の家族に、従業員全員に贈る-。丹前は買い求める人の心にもぬくもりをもたらす。

 「復帰」前、ここには南風原町本部産の丹前を扱う店が7、8店軒を連ねた。製造卸の文子さんも最盛期4人の縫い子を抱えた。だが、好みの変化や「復帰」による本土製品の流通で丹前は売れなくなり、縫い子も店も次々引退した。

 文子さんは在庫布を使い切ろうと、15年前から冬だけ店を開く。昔はねんねこや長丹前など種類もサイズも多かったが今は幼児用、丹前、ちゃんちゃんこなどが主で、1人で作る。「春に布を裁断し、皮を作る。7月からは皮に綿を入れる。クーラーを使うので、もうけはないかも」。元旦は休んだが連日4、5時間の作業だ。

 夏に用意した品物が売れ、残りの仕上げを急ぐ。「綿を厚く、そして均等に入れるのがこつ。真面目にやってきたよ」。働くことが好きで、民生委員など地域活動も力を入れた。

 縫製道具を作り、手助けしてくれた夫真孝さんが昨年88歳で亡くなった。店は開かなかった。今は家族に送ってもらい店を開ける。近くの店主がおしゃべりに立ち寄り、シャッターの上げ下げも手伝ってくれる。

 太い針を握る文子さんの右手首には湿布。「子ども用なら昔は1日2、3枚縫った。今は1枚で疲れる」と笑う。店は今季限りと決めた。多くのことを学んだ丹前作り。最後の1枚まで真心を込めて縫い上げる。