「ちょっと丈が長いかな。これは男物だよ」。沖縄県名護市為又区の嶺井ツルさん(99)は約75年ぶりに、夫の故政忠さんの母が織った「ばしゃじん(芭蕉着)」に袖を通した。「戦前、一度だけ着て外出したことがある。やっぱり、うちなーむんや上等むん(県産品はきれい)」と目を細めた。(玉城学通信員)

明治40年代に織られた男性物の「ばしゃじん」を着て、柄のある女性物の「反物」を手にする嶺井ツルさん(左)と娘の和代さん=名護市為又の自宅

 政忠さんの地元・今帰仁村呉我山の集落には糸芭蕉が多く植えられ、母親は6人の子ども全員のために「ばしゃじん」を織っていた。ツルさんが袖を通した着物は長男政忠さんに織ったもの。

 ツルさんは「戦前、政忠はばしゃじんを外出用に着けていた。戦争が始まって箱にしまったままだった」と振り返る。

 ツルさんの娘和代さん(62)は「父は50年前に他界し、引っ越しなどで母は忘れていた。箱を整理していたら、ばしゃじんが出てきた」と語る。ツルさんは「夏は汗をはじくので涼しく軽いよ。柄があるのは女性物、男物は柄があまりない」と語った。

 政忠さんの弟で末っ子の政徳さん(90)は「昔の呉我山は、20代の若い女性が機織りをしていた。地べたで織る『地バタ』だった。私も織ってもらったが、今はどこにあるか分からない」と話した。

 「ばしゃじん」は地域によって「ばしゃぎん」とも呼ばれ、作業着や普段着、外出着とされた着物を指す。