【連載「働く」を考える】

 これなら、バイトをやっていた方がましだ-。

山城雅之さんはウェブデザインなどITの新しいスキルを学びながら、次の就職先を探している

 昨年夏の初め、IT企業に勤めていた山城雅之さん(32)は明細にあった給与額に目を疑った。10カ月前までは残業代を加えて25万円を超えることもあった給与が徐々に下がり、ついに10万円を切っていたからだ。

 東京に本社を置くIT企業の沖縄事業所にフルタイムの契約社員として昨夏まで約3年間勤務した。会社は業界の一分野で全国トップクラスのシェアがあり、急成長していた。

 仕事はパソコンを使った入力業務が中心だった。従来、本社が担っていた契約獲得後の入力作業を沖縄の社員が引き受ける形でグループ全体の業務を効率化し、業務量とともに売り上げも右肩上がり。1カ月の残業は多いときで100時間を超えることもあった。

 当初は、基本給15万円に残業代がきちんとついていた。「県内の他の企業に比べたら、だいぶましな給料をもらっていた」。だが、変化のスピードの速いIT業界。競合他社としのぎを削るようになり、成長に陰りが見え始めた。給与体系の見直しが言い渡されたのは、そんな時期だった。

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 新たに示された給与は、基本給を12万円に引き下げ、30時間分の「みなし残業代(固定残業代)」として3万円を加えた計15万円。30時間を超えた分から残業代が加算される仕組みに改められた。

 「一部には残業の合間に席を立って外出したり、くつろいだりしている人もいたけど、彼らにも残業代がついていた。会社はそこを改めたかったのかもしれない」。会社側のそんな意図をくみながらも、「何度説明されても、納得できなかった」と振り返る。

 会社は20~40代の若手社員が中心。本社からの下請け業務だけにならないように、沖縄独自の営業でウェブ開発や企画制作の仕事を受注する努力をしていた。社の考え方に共感を覚え、技術が身につくにつれて仕事のおもしろさもわかるようになった。そこに降って湧いたような給与カットだった。

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 山城さんには妻と乳児を含む3人の子がいる。給与削減が始まった直後の一昨年末には、深夜から早朝まで働く貨物運搬作業のバイトを掛け持ちした。1時間ほど休んで会社に出勤する生活を2週間続け、体が悲鳴を上げていた。

 退職後、いったんは県外の「季節労働」に出ることも考えたが、子育てを考え、沖縄にとどまることを決めた。「ITは技術やセンスがあれば、努力次第でいい収入が得られる可能性がある」。求職しながら資格取得に向け勉強を続ける日々。給与ややりがいの面で一段階上の就職先を探っている。(文中仮名)(学芸部・座安あきの)

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