【松田良孝通信員】日本統治下の1932年に台湾東部の漁村に建てられ、歴史建築として台東県政府の指定を受けている木造2階建ての施設「新港教会会館(菅宮勝太郎宅)」を修復しようと地元の人たちが活動している。与那国など沖縄の漁民が多数暮らしていたことでも知られる台東県成功鎮での取り組み。

「新港教会会館(菅宮勝太郎宅)」(後方)の修復に取り組む劉炳熹牧師(右から2人目)、陳韋辰さん(右端)。左から2人目は森富美子さん=1月1日午前、台湾台東県成功鎮で松田良孝撮影

 成功鎮は水産業が主産業。台東県成功戸政事務所によると、成功の人口は81年の2万4070人がピークで、その後は年々減少。2015年には1万4652人となった。修復は、竣工当時の写真が見つかっていないなど難題も抱えるが、同教会の劉(リウ)炳熹(ビンシ)牧師(34)は「成功には仕事が少なく、若者たちは古里のことをあまり認識せずに出て行ってしまう。修復を通じて成功のことを次の世代に伝えていきたい」と話す。

 新港教会は建築士に調査を依頼しており、今年8月にも修復に着手したい考え。

 成功は日本統治期には新港と呼ばれ、県政府がホームページで公開している同施設の沿革によると、菅宮勝太郎は新港の官吏だった。菅宮の人物像などは分かっていないが、日本統治期に新港で暮らしていた森富美子さん(83)=大分県日出町=は菅宮の娘とみられる人物と小学校の同級生だったと語っている。

 修復を支援する自営業の陳(チェン)韋辰(ウェイチェン)さん(47)は「この建物が建てられた頃のことから一つ一つ歴史を明らかにしていきたい」と話す。

 同施設は「日本統治下で建てられた2階建ての木造建築が残っているのは珍しい」などの理由で03年に歴史建築に指定。戦後は診療所として使われ、休診後の1997年に教会側が購入した。現在は資料館になっている。