【連載「働く」を考える】

 金城忠司さん(57)は約5年前、従業員二十数人の太陽光発電の工事や機器販売を行う株式会社に正社員として入社した。その翌年、「銀行の借り入れなどがあるから名前を貸してくれ」と社長に言われ、「取締役」になった。

裁判関連の資料を手にする金城忠司さん。沖縄労働局の調査で従業員だと認められ、最近やっと、失業給付金の受給がスタートした

 だが、勤務実態や待遇は従業員のころと変わらず、役員の実体がない「名ばかり取締役」そのものだった。

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 金城さんは、太陽光パネルの工事契約を取り付ける営業職だった。取締役になってからも、名刺に「取締役」とは記載されず、以前と同じ「営業」とだけ記された。

 勤務時間も、従業員時代と同様、タイムカードで管理された。

 仕事も、社長の指示に従って働くことに変わりなく、自身の裁量で決められる事はなかった。

 取締役は通常、労働者が失業した場合に給付される「雇用保険」の被保険者にならないが、金城さんは取締役になった後も、雇用保険料を徴収され続けた。

 基本給は従業員時代と同じ18万5千円。役員報酬を受け取ったことは一度もない。

 労働時間は、法定労働時間である週40時間を常に超えていたが、残業代が払われたことはなかった。

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 会社は業績悪化を理由に2015年、従業員の基本給を一律15%カットし、基本給が約3万円減った。金城さんの手取りは13万円台になった。

 金城さんは会社が新たに始めた公共料金の集金業務の担当に回された。外回りの後、会社に戻って日報を書くと終わるのは午後10時すぎ。管理責任者にされ、トラブルのたびに昼夜関係なく、電話が入った。

 労働時間は営業のころよりさらに増えたが、残業代は出なかった。

 やがて、給与の遅配や、工事契約ごとに入るべき歩合給の未払いも生じるようになった。

 社長はワンマンで、思いつきで仕事を振ったり、社員を選んで、高圧的に人格を否定するような言葉を投げつけることがあった。従業員は1人去り、2人去りしていった。

 金城さんは慣れない業務の重圧、社長のパワハラに心身ともに限界を感じた。一時、心療内科にも通った。大幅な収入減で、家賃が滞るなど生活が困窮していった。昨年1月、辞表を提出して、退職した。

 「うまんちゅユニオン沖縄」を通じて、昨年6月、会社に未払いの残業代、歩合給など400万円余りの請求を求めて裁判を起こした。現在係争中だ。

 金城さんは言う。「自分は取締役とは名ばかりの使用人だった。会社は社長の私有物ではない。自分が働いた分は取り返したい」(文中仮名)(学芸部・高崎園子)

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