1000分の1秒を争う世界に挑む沖縄県出身者がいる。「二輪のF1」と称される世界最高峰のオートバイレース、ロードレース世界選手権(通称MotoGP)に参戦中の「チームスズキエクスター」に所属する島袋雄太さん(36)=読谷村出身=だ。世界でも一握りのメーカー運営チームのエンジニアで、最高時速350キロにも達する怪物マシンの心臓部、エンジンの電子制御を担当する。「燃焼装置であるエンジンとライダーの感覚は“生”。それをいかにデジタルに変換するかが勝負」と腕をまくる。(小笠原大介東京通信員)

「僕もライダーと同じ年間契約のプロエンジニア。常に緊張感が伴います」と語る島袋雄太さん=昨年12月、静岡県浜松市のスズキ本社(小笠原大介撮影)

担当したマーベリック・ビニャーレス選手(右)とMotoGPのピットで語り合う=昨年11月、スペイン(スズキ提供)

「僕もライダーと同じ年間契約のプロエンジニア。常に緊張感が伴います」と語る島袋雄太さん=昨年12月、静岡県浜松市のスズキ本社(小笠原大介撮影) 担当したマーベリック・ビニャーレス選手(右)とMotoGPのピットで語り合う=昨年11月、スペイン(スズキ提供)

 静岡県浜松市にあるスズキ歴史館。展示された歴代のスズキ製品の中で、島袋さんは1台の小さなバイクを指さし、「初めてギア付きに乗ったのもスズキのバイクでした」と目を細めた。

 バイクとの出合いは5歳。当時、西原町にあったサーキットでまたがったポケバイの楽しさに引き込まれた。高校卒業後はプロライダーを目指して神奈川へ。アルバイトをしながらサーキットに通うも芽が出ず、限界を感じていた時に鈴鹿8時間耐久ロードレースなどで活躍していた同郷のプロライダー新垣敏之さんと出会い、メカニック助手としてレースを手伝った。慌ただしいピットでタイヤ交換やセッティングを手伝ううち、「ライダーの要望をマシンに反映させる面白さがあった」と進むべき道を決めた。

 メカニックの基礎を2年間学んだのち、様々なレーシングチームに帯同し、主にエンジンの電子制御を担当した。仕事に必要な電子工学や物理などの知識は全て、働きながら独学で習得した。経験を買われて2006年にスズキに入社。13年からは念願のMotoGPのプロジェクトに携わるようになった。

 近年のエンジンは多くがコンピューターで管理されている。タイヤの空転を防ぎ、駆動力を効率よく路面に伝えるには、エンジンの点火を制御するマッピングという技術が重要となる。それを管理する島袋さんは“マップ屋”と呼ばれる。「マシンを生かすも殺すもマップ屋次第。島袋さんはチームに必要不可欠」(河内健テクニカルマネージャー)と評されるほどレースの結果を左右する要職だ。

 昨年9月のイギリスGPでは、島袋さんが担当したマシンが07年以来となる優勝を手にした。歓喜のチェッカーを受けたマーベリック・ビニャーレス(現ヤマハ)は「島袋さんは細かい要求にも的確に応えてくれる優秀なエンジニア。僕をライダーとしても大きく成長させてくれた。彼と一緒に仕事ができたことを誇りに思う」と語る。選手との絆も強い島袋さんは「ライダーにはなれなかったが、世界選手権で優勝するという夢はかなった」と感慨深げだ。

 今月末からのマレーシアでのテストを皮切りに、3月には世界中を回る多忙な日々が始まる。「読谷の少年だった僕が今は外国人と仕事をしている。全力で物事に取り組み続ければ、いつか夢は目標となる」と力強く語った。

 しまぶくろ・ゆうた 1980年読谷村生まれ。読谷高校を卒業後に神奈川へ。オートバイレースでメカニック助手を務めたのを契機にエンジニアの道へ。レーシングチームで経験を積み、2006年にスズキ入社。13年からMotoGPに参戦する「チームスズキエクスター」のエンジニアとしてエンジンの電子制御を担当する。