宮古島北端の狩俣地区、人口604人、239世帯の集落(シマ)が抱いてきた祖神祭の詳細で克明な記録を、女性民俗学者が世に問うた。同じ宮古島出身でも「ヨソモノ」の著者にはシマの人は容易に心を開かず、5年の歳月の後にようやく写真撮影を許され、その後神女の儀礼に同行して神謡を記録する。著者でなければ、女性でなければ、できなかった仕事だろう。

「祖神物語 琉球弧 宮古島 狩俣 魂の世界」(Mugen・4320円)/おくはま・さちこ 1949年宮古島市(旧平良市)生まれ。著書に「暮らしと祈り-琉球弧・宮古島の祭祀世界」。主な論文に「祭祀と環境-宮古狩俣村落の神行事を通して」など

 年間の祭祀(さいし)は78回、そのうち最も重要な祖神祭は旧暦9月から12月のあいだに計34日間にわたって行われる。深夜、未明にわたる儀礼もある。「妹の力」が共同体を護(まも)ると言われる沖縄の女性にとって、男性を排除した祭祀の負担がどれほど重いかがわかる。

 神女たちは自分が仕える霊(イビ=威部)を「抱く」という。山も海も死者も、そうやってそれぞれの女の懐に抱かれてきたのか。自然を畏れ、霊を尊び、集落と家を護ってきた祖神祭は2003年で途絶えた。おそらく南島の島々の各地で、知られぬままに同じような祭祀が行われ、そして消え去っていることだろう。本書はその最後をとどめる貴重な記録となった。

 著者は詩人でもある。神謡に触発されたのか、本書には著者の手になる詩だけでなく、山之口貘の詩が引用されている。「うしろを振りむくと/親である/親のうしろがその親である/…まへを見ると/まへは子である/子のまへはその子である…こんな景色のなかに/神のバトンが落ちてゐる」という景色のなかで、神のバトンは誰にも拾われずに忘れられたままなのだろうか。

 1978年を最後にイザイホーが途絶えた後、久高島への関心は急速に失われた。民俗学が文化の古層をとどめるだけでなく、変わりゆく集落についても記録するものであってほしい。祭祀の廃止後、10年、20年、30年…狩俣はどう変わるのか? それを記すことができるのは著者だけであろう、なぜなら変化の前を知っている者でなければ比較はできないからだ。(上野千鶴子・社会学者、東京大名誉教授、立命館大教授)