映像作家 翁長裕さん(60)=那覇市出身

 ミュージックビデオ(MV)制作に携わり30年以上になる。ジャンルはポップスからロックまで幅広い。映像作家として、これまで手掛けたアーティストは渡辺美里さん、GLAY、中島みゆきさんら大物ばかりだ。

「MV制作ではアーティストの宇宙観を大事にしている」と語る翁長裕さん=東京・渋谷区の会社「イフ」のオフィス

 「歌手の『生』の気持ちが一番に現れるファーストカットを大事にする」。歌詞やメロディーは異なるが、全ての作品に共通する信念だ。

 父親の影響で写真に興味を持ち、大学は芸術学科に進んだ。芸術や報道、商業など、幅広いジャンルに触れるも、これといった熱意を持てないまま、中退した。

 アルバイトで生計を立てていたある日、「写真の題材になるかも」と、興味本位で訪れたアンダーグラウンド系ロックバンドのライブが人生を変えた。

 自らの額を切り、観客に襲い掛かるボーカルの奇行と、見事にアレンジされたバンドの融合。価値観を覆す衝撃だった。夢中でシャッターを切った。「人を突き動かす音楽を伝えたい」。求めていたものが見つかった。

 試行錯誤を繰り返しながら、音楽雑誌の表紙を飾るようになった。その場の空気感さえも投影する「音の聞こえる写真」として、高い評価を受けた。1980年代、売り出し中だったロックバンド「RCサクセション」の公式カメラマンに抜てきされ、その名は瞬く間に広まった。「アングラ撮影の経験が生きたかも」と振り返る。

 その後、スチールから動画へとシフト。初監督作品は渡辺美里さんの初アルバムの1曲「きみに会えて」のMVだった。最初のカットで感極まった渡辺さんが見せた涙はいわばNGカット。が、撮り直したどのテイクより心に深く残った。「本人からあふれ出た感情や熱に勝るものは何もない。気持ちを伝えるのがこの仕事だ」と、涙のカットを作品に織り込んだ。

 以降、プリンセス・プリンセスやGLAYなど、人気アーティストの作品を手掛け、近年はシンガー・ソングライターの大御所、中島みゆきさんとの仕事が多い。「圧倒的な彼女の詩の世界に格の違いを見せつけられるが、持てる全てをぶつけている。見る人に前向きに生きる力を与えられたら」とチャレンジ精神は衰えない。(小笠原大介東京通信員)=連載・アクロス沖縄<37>

 おなが・ゆたか 1957年、那覇市生まれ。和光大学(東京)を中退し、音楽カメラマンとして活動を開始。RCサクセションの公式カメラマンを手始めに、渡辺美里「My Revolution」、GLAY「However」、中島みゆき「一期一会」などの音楽ビデオを手掛ける。株式会社イフ代表。