高知県出身で、ペリー来航後に江戸幕府で通訳などとして活躍したジョン万次郎の足跡をたどる「第2回ジョン万次郎宿道探索ウオーキング」が5日あった。約90人が万次郎の逸話に耳を傾けながら約12キロの道のりを歩き、さわやかな汗を流した。

ジョン万次郎・沖縄上陸の地の大度浜で説明に耳を傾ける宿道探索ウオーキングの参加者ら=5日、糸満市

 行程は万次郎上陸地点の糸満市大度浜から、6カ月間滞在した豊見城市翁長の高安家まで。万次郎は1841年、14歳の時に初めて漁に出て遭難した。米国の捕鯨船に救出されてハワイや米本土で学生や漁師などをしながら10年間生活。日本帰国を決意して51年、琉球国に上陸した。

 当時は豊見城市翁長の役人の家で生活。行動範囲は集落内に制限されたとみられるが、綱引きを楽しんだとも伝えられる。

 催しは、万次郎への関心を高め「上陸之地記念碑」建設の機運を高めようと、建立期生会が開催。開会式で同会長を務める上原昭市長は「来年度に記念碑を建て、学習資料も展示したい」とあいさつした。

 親子4人で参加した西崎小学校5年の新垣伶君は「とても努力した人なんだと思った。万次郎の使った道具があったら見たい」と話す。一行は、万次郎が立ち寄った摩文仁、真壁番所などに足を運び、首里と地方を結んだ宿道の跡地も見学。約4時間かけて高安家に到着した。