〈毒入りのコーラを都市の夜に置きしそのしなやかな指を思えり〉。詩人の谷岡亜紀さんの歌にある。悪意だけのグロテスクな犯罪に現実感のある、恐ろしい時代である

▼北朝鮮の金正男氏がマレーシアの空港で殺害されたニュースに、不気味な作品を思い出した。逮捕された女性2人を含む複数人が関わっており、北朝鮮の工作員による犯行との見方が強まっている

▼毒物が使われたようである。実行犯とされる人の映像は「しなやかな指」を持っていそうな女性で、若く無邪気な印象さえある。冷血な工作員から程遠いだけに気味が悪い

▼韓国の情報機関は、正男氏の暗殺は異母弟の金正恩朝鮮労働党委員長の指令があったと報告している。金委員長が、自分の権力を脅かす存在だと警戒し「除去」したとも報じられている

▼正恩氏が政権を握ってから粛正された幹部は140人にも上るという。2013年には、当時の“ナンバー2”で叔父でもあった張成沢氏も処刑され、正男氏も張氏の一派と目されていたとも伝えられる。かの国では、権力者の親戚であっても安泰はない

▼独裁国家の最高権力者の猜疑心(さいぎしん)から、ジロリにらまれる恐ろしさは想像を絶する。が、残忍な粛清は、いつかは忠誠心の低下として跳ね返る。犠牲者を悼む言葉はきっと交わされていくに違いない。(宮城栄作)