ハンセン病問題を巡り、療養所に入らず亡くなった「非入所者」3人の遺族と国の和解が成立した。

 従来の補償の枠組みを超え、非入所者遺族に初めて損害賠償請求権の相続が認められた意義は小さくない。しかし「らい予防法」廃止から20年が過ぎ賠償請求権の消滅で、新たな請求が認められないことが悔やまれる。

 非入所者3人の遺族4人が、病気への偏見を助長した国への賠償請求権を引き継いでいるとして、東京地裁に起こした訴訟である。

 和解は、権利の相続を認め、国が発症時期に応じそれぞれに350万~500万円を支払う内容だ。

 非入所者3人のうち1人は県内の離島に住んでいた男性である。

 訴状によると、兄がハンセン病と診断され愛楽園に収容された後、男性を含む家族4人もハンセン病であることが分かり、在宅治療を続けていた。

 遠隔地のため船で那覇の病院へ通わなければならず、負担を強いられた。近所の偏見や差別から家に閉じこもりがちの生活。病歴を隠し結婚するも、その精神的負担から自ら命を絶ったという。

 療養所に隔離されない非入所者であっても、ひとたびハンセン病との噂が広まれば、隔離された人と同じように、激しい偏見と差別にさらされた。

 入所しないがゆえに、病歴が明らかになることを恐れ、夢を諦め、ひっそりと生きてきた人も多い。その苦しみは想像を絶する。

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 隔離政策を違憲とした2001年の熊本地裁判決後、国は入所者と和解し各種の補償制度を整備した。

 02年には入所者だけでなく非入所者とも和解金を支払うことで合意。だが非入所者遺族の賠償については触れられなかった。

 厚生労働省は今回の和解は「02年の合意に基づく」としているが、合意に明記していれば、提訴に踏み切る遺族はもっといたはずだ。積極的に周知してこなかった国の姿勢には問題がある。

 外来治療の歴史がある沖縄は、全国でも非入所者が多い地域だ。

 診療所を持つ那覇市の県ゆうな協会が把握しているだけでも非入所者は約500人。和解に向けた手続きに必要な証明書の発行は100人余りにとどまっている。

 偏見を恐れ提訴できなかった非入所者やその家族の苦悩を思うと、国は別の制度で救済の道を広げるべきだ。

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 今回、和解した遺族の1人は「うれしく思う。ただ和解は父だけのもので、私自身が受けた被害はこれから」とコメントを発表した。

 ハンセン病隔離政策では、元患者だけでなく家族も深刻な差別を受けたとして、国に賠償を求める集団訴訟が係争中だ。

 家族への補償は残された大きな課題だが、原告に限らずその苦悩に社会がどう向き合うかが問われている。

 賠償請求権が消滅しても、差別を積み重ねてきた歴史は消えない。