「しっざ」「しっつぁ」「つぅら」「すっちゃ」「しっちゃ」「あみしな」「しんじゃ」「すっつぁ」-。これらはすべて、本島で言う「ウージ」(サトウキビ)のこと。どれも石垣島のスマムニ(島言葉)だ。そんな、地域で異なる表現を石垣市婦人連合会の「宝ぬスマムニ推進協議会」が昨年までの約3年がかりで収集。各地の老人クラブなどの協力もあり、スマムニが残るのは全22地域中、古くからある13地域だと確認、1万語以上を採取した。一部はポスター化し普及・継承を図ったが、今後は冊子などの「形にしたい」と新たな展開を模索する。(八重山支局・新垣玲央)

「宝ぬスマムニ」を継承しようと取り組む(左から)半嶺敬子さん、金城綾子さん、宮良和美さん=石垣市新川

 始まりは2014年度。推進協会長を務める金城綾子さん(68)=市新川=が石婦連会長のころだ。

 提案したのは当時役員で市宮良の半嶺敬子さん(64)。宮良婦人会長の時から「宮良(めーら)言葉(むに)」収集など地域でスマムニの保存継承に取り組んでいた。

 八重山は戦前戦後の標準語励行の影響などが強く、高齢世代でもスマムニを使いこなせる人は少ない。

 半嶺さんが肌で感じていたのは、言葉が失われてしまう危機感だった。「トゥバラーマなど音楽や芸能、伝統行事はスマムニで成り立ってる。話せる方が元気なうちに継承しないと、文化まで消えてしまう」と。

 島は歴史的に台湾からの移民や琉球政府の計画移民などで移住者が多い。半嶺さんは、人々が島外の文化を受け入れ今の島の魅力を形づくる一方で「島の言葉では通じないから」と標準語が浸透したのもスマムニ衰退の背景にあるとみる。

 小学低学年のころ方言札をみていた金城さんは「標準語を使うのが生活目標。それが正しい教育だって誰も疑わなかった」。半嶺さんは「教育の影響もあって私たち世代は標準語。みんな後悔してる。スマムニは聞けるが使えないってね」。

 スマムニは市中心部の四カ字(登野城、大川、石垣、新川)が広く知られるが、「ありがとう」でも地域によって「にーふぁいゆー」「ぷこーらさ」などと多彩だ。推進協はその一つ一つを大事にしようと、15人で手分けして北は平久保まで聞き取りを実施した。

 採取時は記憶が曖昧だったり、忘れているお年寄りも居て複数回通った。話せる人が1人だけの桴海では十数回に上ったという。

 お年寄りの中には「まいにつぬ(毎日の)むにぬ(言葉が)たからぬむでぃ(宝物に)なるんでぃ(なるとは)うもぅわなーだー(思わなかった)」と話し、「ふぁーまー(子や孫)のために」と涙を流す人も。

 金城さんは「皆さんの生きる証、誇りを感じた。子どもたちもしっかり継承すべき」。石婦連の現会長で市真栄里の宮良和美さん(66)は「まずは親しめる機会をつくりたい」と話す。

 半嶺さんは「むにや(言葉は)ぶねーがら(母親から)。お母さんたちが興味を持てば言葉は残るはず。島の文化の根底にスマムニがあるし、後世に正しく伝えることが生きている私たちの使命」と力を込めた。