北朝鮮の金(キム)正(ジョン)恩(ウン)朝鮮労働党委員長の異母兄、金(キム)正(ジョン)男(ナム)氏がマレーシアのクアラルンプール国際空港で13日に殺害されてから2週間。猛毒の神経剤VXによって毒殺されたことが確実となった。事件の真相は謎に包まれたままだが、マレーシア警察の調べが進むうちに、北朝鮮による「国家犯罪」の様相が強まってきた。

 重要参考人として浮上しているマレーシア駐在の北朝鮮大使館の2等書記官ら北朝鮮国籍の少なくとも8人の関与が疑われているからである。

 このうち、空港のカフェにいた北朝鮮国籍の4人の男性は犯行を見届けると、空港を立ち去り、マレーシアを出国した後、複数の国を経由して、すでに平壌に帰国しているとみられる。

 マレーシア警察が大使館にいる2等書記官らの事情聴取と4人の引き渡しを求めているのは当然だ。これに対し、マレーシア駐在の北朝鮮大使は「裏で何者かが介在した疑いが強まっている」として関与を否定。遺体を正男氏と認めないまま早期引き渡しを求め、北朝鮮の犯行とするマレーシア警察の捜査を激しく批判している。捜査妨害で身勝手な言動は、外交官としてあるまじき行為である。

 国の玄関口である空港で白昼に起きた事件だ。北朝鮮は真相究明のために、2等書記官の事情聴取や4人の引き渡しに応じるべきである。

 マレーシア警察には、実行犯の2女性の出身国であるインドネシアやベトナムと連携して事件の全容解明に全力を挙げてもらいたい。

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 犯行に使われたのは化学兵器で、猛毒の神経剤VXである。司法解剖の結果、正男氏の遺体に致死量をはるかに超えるVXが吸収されていた。

 VXは「人類が造った化学兵器で最も毒性の強い物質」とされ、微量でも殺傷能力が高く、日本でも過去にオウム真理教による殺人や殺人未遂事件で使われたことがある。

 北朝鮮は製造や保有、使用などを禁じる化学兵器禁止条約(CWC)に加盟していない。条約に加盟しているマレーシアにはVXはないはずである。VXは保管が容易でなく、管理は軍などの大掛かりな組織が必要とされ、入手経路も捜査のポイントだ。

 北朝鮮は正男氏毒殺の前日、新型中距離弾道ミサイルの発射実験をした。国際社会は核・ミサイルだけでなく、大量に保有しているとされる化学兵器という新たな脅威にも向き合わなければならない。

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 北朝鮮は、国際社会から非難されることが容易に想像できるのに、非人道的な毒殺を実行したのだろうか。

 正恩氏が正統な後継者であることを示すため長男の正男氏を排除した、正男氏の韓国亡命を阻止するため-などの臆測が飛び交う。正恩氏は政権を掌握するにつれ、体制に背くとみる多くの側近を粛清。政権基盤の強化が狙いであるのは間違いないだろう。

 両国はビザなしで渡航できる数少ない友好国だが、マレーシアは北朝鮮大使を召還した。このままでは北朝鮮は友好国が存在する東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国からも孤立するばかりである。