題名そのまま、クモの糸を使ってバイオリンの弦を作成し、実演を可能にした研究成果の過程を綴(つづ)った本である。

岩波書店・1296円

 クモの糸に着目し、この成果を成し遂げるまでにかかった時間がなんと40年。「ひょっとしたらクモの糸からバイオリンの弦ができるのでは?」と思いついたら、まったくの初心者であったのにもかかわらず、バイオリンを購入し、レッスンを受けて自演できるまで研鑽(けんさん)を積むというスタイルに、この成果を生み出した最大の要因がありそうだ。著者のひたむきな姿勢に、読みながら、何度か「ううむ」とうならざるを得なかった。

 網にとまっているクモを驚かせたら、おしりから糸を出して落下した…という体験を持っている方も多いのではないだろうか。本書によれば、クモは都合、7種もの糸を吐き分ける。このうち緊急時の降下の際に使われるのが牽引(けんいん)糸と呼ばれる糸で、著者はこの糸に目をつけ、大量に集めることから実験を始めた。バイオリンには4本の弦があるが、長さ1メートルのクモの糸を合計4万2千本も使って弦を作成したと書かれている。

 そもそも長さ1メートルの牽引糸を取ること自体容易ではない。使用に耐える糸を取る秘訣(ひけつ)とは、何より「クモとのコミュニケーションが大事」なのだという。いったいどんなコミュニケーション方法なのだと疑問を持たれた方は、ぜひ直接、本書をお読みいただきたい。

 付け加えると、著者の本業は医学研究者であり、クモの糸の研究は「趣味」であるという。最も、研究の成果は詳細な検証データとともに国際的な物理学の専門誌に発表されたという本格的なものである。かつ、この論文には、かの名器ストラディバリウスに張られたクモの糸製の弦で演奏された楽曲のオーディオファイル付き(さすがに演奏は音楽大のプロがおこなったもの)だったため、たちまち世界の話題となった。

 このクモの糸、実は県産のオオジョロウグモのものだというから、ますます、楽しい。(盛口満・沖縄大教授)

【おおさき・しげよし】1946年兵庫県生まれ。大阪大大学院博士課程修了。奈良県立医科大名誉教授。理学博士、農学博士。専門は生体高分子学。著書に「クモの糸の秘密」など