2017年(平成29年) 12月11日

沖縄空手

「空手」を世界との懸け橋に “達人”8人の提言 沖縄空手会館シンポジウム特集

 沖縄空手会館の開館に合わせ「空手シンポジウム」が4日、同館で行われた。県立博物館・美術館の田名真之館長が基調講演したほか、8人の空手関係者が登壇した。東京五輪の競技種目になる世界的な広がりや、国連教育科学文化機関(ユネスコ)無形文化遺産への登録の必要性など、競技空手と伝統空手の相互発展を含め、意見交換した。


 【基調講演】

 田名真之さん(県立博物館・美術館館長)

 【パネルディスカッション】

 司会:宮城篤正さん(元県立芸術大学学長) 

 島袋善保さん(沖縄伝統空手道振興会副会長)

 喜友名朝孝さん(沖縄伝統空手道振興会理事長)

 知念賢祐さん(ワールド王修会会長)

 佐久本嗣男さん(全日本空手道連盟常任理事)

 岩本明義さん(三田空手会相談役)

 和田光二さん(三田空手会理事)

 前田光幸さん(県文化観光スポーツ部長)

互いの形を披露し合った沖縄伝統空手道振興会と三田空手会の交流演武会=3月5日、豊見城市・沖縄空手会館

 

■沖縄発祥、世界に拡大

【基調講演】田名真之さん(沖縄県立博物館・美術館館長)

田名真之さん(沖縄県立博物館・美術館館長)

 沖縄発祥の武術である空手は、近世琉球でもいくつかの史料に登場する。当時「唐手(トウディ-)」と呼ばれていたが、近代に入ると、日本の伝統的武術と呼応し発展する。伝統的武術が奨励される潮流に「唐手」も乗ることにより、学校教育にも取り込まれた。

 東京での船越義珍らの普及活動も功を奏し、大学の「倶楽部」を中心に普及していく。その過程で「唐手」が「からて」とされ「空手」へと改称されていく。沖縄の空手は近代日本武術の影響もあり、より精神性を重視する方向へ深化した。

 王国時代の緩やかな「首里手」「那覇手」「泊手」の区別が、固定化して小林流、少林寺流、剛柔流など各流派を成立させていく。明治後半には中国武術を導入した上地流も誕生している。一方、日本では、他の武術同様、空手も空手道として、競技空手、スポーツ空手が主流となっていった。沖縄の伝統空手との乖離(かいり)が始まったともいえる。

 空手は戦前から移民の方々により北米や南米へ、さらに指導者派遣により多くの国々へと広がった。戦後の空手は米兵により母国へもたらされるなど、多くの愛好者を生んでいる。

 

■将来像描く出発点

宮城篤正さん(元沖縄県立芸術大学学長)

宮城篤正さん(元沖縄県立芸術大学学長)

 翁長雄志知事のあいさつでも、県が次年度から空手発祥の地である沖縄の空手の将来像のための「空手振興ビジョン」を策定するという話があった。

 後継者育成、沖縄空手の技や精神性の保存・継承、沖縄空手界の組織力の強化、伝統空手の国連教育科学文化機関(ユネスコ)無形文化遺産登録への機運の醸成-と、取り組むべきことは今後も多くある。

 このシンポだけでは制約も大きいが、これをスタートラインにして、これから検討を深める機会にしたい。今日のシンポをビジョン作成に役立ててほしい。

 

■競技との共存大切

島袋善保さん(沖縄伝統空手道振興会副会長)

島袋善保さん(沖縄伝統空手道振興会副会長)

 アメリカやドイツ、ロシアなどで指導した。おかげで支部と本部が同じ空手をしている。頻繁に私が行き、彼らが沖縄に来ることで型の修正ができる。お互いの努力がないと伝統空手を守ることができない。

 勝負を決める競技性を考慮しダイナミックな技とオーバーアクションで伝統空手から逸脱した「みせる空手」に変わったことは否めない。だが競技空手の発展で世界の空手人口が増え、海外で伝統回帰が起こり、沖縄の空手界にとってはうれしいこと。競技空手と沖縄伝統空手が共存し、お互い認め合うことが大事だ。

 

■ユネスコに登録を

喜友名朝孝さん(沖縄伝統空手道振興会理事長)

喜友名朝孝さん(沖縄伝統空手道振興会理事長)

 空手が五輪競技になり大変うれしいが、空手人口が世界1億人ともいわれると沖縄で生まれた空手が変わるのも当然。本場の伝統空手が絶滅危惧種に陥る可能性があり、危惧している。世界で空手が盛んになるほど沖縄の伝統空手を真剣に考えなければいけない。

 伝統空手と競技空手は、お互い刺激し合い、相乗効果を生んでいる。世界の空手に飲み込まれず、沖縄の空手を守らなければいけない。そのためには伝統空手を国連教育科学文化機関(ユネスコ)無形文化遺産への登録が必要。皆さんの協力をお願いしたい。

 

■柔軟な思考が必要

知念賢祐さん(ワールド王修会会長)

知念賢祐さん(ワールド王修会会長)

 1976年に欧州へ渡り、沖縄空手古武道を広めて41年が過ぎた。沖縄を中心に海外の組織をまとめていきたい。

 沖縄空手は沖縄の文化だ。欧州のものの考え方や技の展開、説明は東洋とは違う。向こうは機能的。文化の違いをわきまえた指導が求められる。質問に対し「10年早い」「やるうちに分かる」という教え方は無理がある。私もだいぶ考えさせられた。

 海外の人は派手な技の展開を好むが、伝統としての技が変わってしまう。原形を保ちながら展開する思考の柔らかさが必要だ。

 

■各流派と力合わす

佐久本嗣男さん(全日本空手道連盟常任理事)

佐久本嗣男さん(全日本空手道連盟常任理事)

 空手が2020年の東京五輪で正式種目に決まった。世界共通ルールで試合が行われる。昨年の世界選手権では個人形の喜友名諒選手と男子団体形がアーナンで優勝し、日本は金メダル数もトップを維持した。東京五輪にもしっかりつなげていけると思っている。

 「伝統空手」とは沖縄にゆかりがあり、長く受け継がれてきた空手だと考えている。伝統空手の先駆者たちが長きにわたり指導し、現在の全日本空手連盟の競技団体である各流派へ進化した。それぞれの流派を尊重し、守りつつ、力を合わせて頑張っていきたい。

 

■胸に船越氏の教え

岩本明義さん(三田空手会相談役)

岩本明義さん(三田空手会相談役)

 沖縄から来た船越義珍先生に1946年から11年間、空手を習った。敬いと親しみを込めて「タンメー先生」と呼んでいた。人当たりは丸く、でも心の中には三角のしっかりした芯を秘めて稽古に励むようにと教わった。常に情熱とエネルギーを持つようにとおっしゃっていた。

 タンメー先生から習った源流である沖縄の空手を、どうしても本土に伝えたいと思っている。

 ただ、東京五輪の種目になり、成績が問われる。これからは源流の沖縄空手と競技空手の両方を学んでいかなければならないと考えている。

 

■形の継承に使命感

和田光二さん(三田空手会理事)

和田光二さん(三田空手会理事)

 慶応大空手部のOBでつくる三田空手会で、船越義珍先生から直接教えを受けた先輩方に教わっている。

 1977年ごろ、形の乱れが指摘された。「これではいけない」ということで、形の伝承のため毎週木曜日にOBが集まり、実際に技をみせる「木曜会」を始めた。4月1日で40年を迎える。

 手の使い方などは全て写真に残しているが、相手を付けて練習することはなかなかできない。顔を合わせて切磋琢磨(せっさたくま)している。木曜会を一つの財産として続けていかなければならないという使命感がある。

 

■ブランド化目指す

前田光幸さん(沖縄県文化観光スポーツ部長)

前田光幸さん(沖縄県文化観光スポーツ部長)

 県文化振興条例の中に伝統的な文化の継承発展という項目がある。沖縄空手を継承発展させていくため、空手会館を整備した。

 将来の普及に向け取り組みを進めていく。具体的には来年度、空手の将来像に関する議論を深め、コンセンサスを得た上で「空手振興ビジョン」を策定する。

 課題として想定されるのは、各道場での門下生の減少や指導者の育成、空手の価値向上など。形や歴史の研究を深め、空手のブランド化に向けた取り組みをし、沖縄空手大会や国際セミナーを開くなど積極的に施策展開していきたい。

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