私が前回沖縄に行ったのは、1月28日沖縄大学で開催された緊急シンポジウム「沖縄はどうすべきか」(主催・沖縄対外問題研究会)に登壇を求められたからであった。ちょうどシンポと重なる時期に、翁長雄志知事の訪米に合わせた「オール沖縄」の訪米行動があるということで、通訳での同行を想定していたが、今回は沖縄県内での発言の機会を選んだ。

ワシントンに到着し、訪米活動への意欲を語る翁長雄志知事=1月31日午前9時すぎ、ダレス国際空港

 それは、目前の基地建設を阻止するためにはこの訪米にほとんど効果は見いだせないことはあらかじめわかっていたからだ。トランプ新政権下、辺野古基地建設を含む在沖海兵隊再編計画は維持されるということは昨年11月27日の本紙でも報道されていた。

 そもそも、コストの側面から米軍駐留への不満を口にしていたトランプ氏側に、日本の納税者が全額負担する予定の辺野古新基地計画を変更する動機などない。この厳しい状況の中で訪米を有効に行うには影響力のある相手に対して具体的要求を行う必要があった。しかし翁長知事が年末、「違法確認訴訟」の最高裁判決後、埋立承認取り消しの取り消しを行い、仲井真弘多前知事が埋立承認した状態に戻り工事も再開し、訪米するタイミングとしては最悪となった。

 唯一強いメッセージを持っていくとしたら「埋め立て承認撤回」を行ってから行くことだった。撤回宣言と同時に、2015年10月の「取り消し」の直後に国交相にされたような「執行停止」をさせないために、それを差し止める訴訟と仮の差し止めの申し立てを行えば即時に撤回の効力が生じ、工事を止めることができる。シンポが訪米の直前だったこともあり、私は沖縄で知事に届くように「訪米前の撤回」を訴えた。これは、むろん私だけではなく、多くの識者や運動家、市民が要請してきていることであった。

 その声は結果的に届かず、予想通り、翁長知事も「オール沖縄」訪米団も、トランプ政権の政策に影響を与えられるような相手に会うことはできず、前回までと同じで「反対」の気持ちを伝えただけであったようだ。辺野古基地建設が「15~20年かかりますよ」と強調したというが、これは計画の中止要求にはとても聞こえない。本紙2月7日の記事によると、面会した1人であるハナブサ下院議員には、知事が計画の中止を求めたという印象は薄かったようだ。

 知事は、訪米中「撤回」について記者や市民から尋ねられても、不快そうに「あなたがたには教えられない」という返事をした。帰国した2月6日の夜には那覇空港に「オール沖縄」の支持者の人たちが出迎え、その中には、新聞では報道されなかったが「埋め立て承認即時撤回!」の横断幕を掲げて知事に必死の訴えをする市民たちもいた。知事の帰国と同時に大浦湾へのブロック投入が始まった。