9日、沖縄県の副知事に就任する沖縄国際大元学長の富川盛武氏(69)=似顔絵=は、経済政策を担う。名護市辺野古の新基地建設阻止など基地問題も担当し、返還跡地の経済的効果を中心に、沖縄の過重負担を解き明かす考えだ。

富川盛武氏

 沖縄国際大で経済学の教授、学長を務めた経歴から堅物のイメージだが、素顔は温厚でざっくばらん。来る者拒まずで、常に門戸を開いている。

 明治大の大学院生のとき、ウチナーンチュ(沖縄の人)が新宿で開設していた剛柔流の道場を訪ねたのをきっかけに、空手は三段の腕前。フルマラソンは「数え切れないほど」完走しており、自宅には完走証とメダルが並ぶ。

 大学院を修了後、米国留学しようと考えた。同郷の先輩に「米留組は沖縄にごまんといる」と諭され、旧西ドイツの語学専門学校でドイツ語を学んだ。

 帰国して沖国大講師の採用試験を受けたが、いったん落選して1年間、非常勤講師を務めた経験も。

 「大学、大学院、就職、運転免許の取得も周囲から遅れた」ことから「捲土(けんど)重来」が座右の銘だ。

 生まれ育ちは北谷町。中学時代に友人の自宅にいると、悲鳴を上げる若い沖縄女性と米兵が突然、押し入ってきた。

 米兵が女性に軍靴を投げつけ、髪をつかんで家から引きずり出すまで「驚きと恐怖のあまり、ぼうぜんとすることしかできなかった」。60年前の記憶が消えない。

 「あのころのウチナーンチュは誰でも多かれ少なかれ、米軍絡みで理不尽な経験をしたり聞かされたりしている」

 中学生のときは、無力感にさいなまれた。今度は県政のナンバー2として、県民に貢献しようと決意する。

 1948年生まれの69歳。恵子夫人との間に1男2女がいる。(政経部・吉田央)