「私の名前はキム・ハンソル。金一族の一人だ」。北朝鮮の金正男氏の殺害後初めて、息子ハンソル氏(21)の動画が突然ネット上に投稿された。わずか40秒の独白は、北朝鮮の金正恩体制に向けられたメッセージとの見方が広がっている。所在不明のハンソル氏の動向に、北朝鮮は神経をとがらせているようだ。

 ▽謎の組織

 「これが私の旅券だ。数日前に私の父親が殺された」。白い壁を背にした男性はメモを読み上げたりせず、自分の言葉で語り掛けた。韓国政府当局者はハンソル氏本人の動画と確認。ハンソル氏は最後に笑みを浮かべるような表情も見せ、安全な場所にいることをうかがわせた。

 ハンソル氏の居所は分かっていない。韓国の情報機関は正男氏殺害事件後、ハンソル氏が家族と共にマカオで当局の保護を受けているとしていた。しかし姿は捉えられておらず、既に移動したとの観測が強い。

 鍵を握るのは動画を投稿し、ハンソル氏らを「人道的」に支援したとするグループ「千里馬民防衛」だ。一般に知られていない謎の組織で「正男氏殺害後、ハンソル氏のために結成されたのではないか」(関係者)とみられている。

 グループは「どの国にいても(支援が)可能です」と、北朝鮮の海外駐在者や出張者らへの脱出支援を表明。ネット上の仮想通貨「ビットコイン」で寄付を募るなど、国際ネットワークの色合いもにじむ。

 ▽亡命政府

 米国や中国などの支援に謝意を表したグループは、駐北朝鮮大使を兼任するエンブレフツ駐韓オランダ大使の支援を特筆した。大使は事件現場のマレーシアの駐在大使を2005~09年に務めているが、支援の役割は明らかにされていない。

 北朝鮮住民の脱出を支援してきた韓国の消息筋は、北朝鮮の追跡を逃れハンソル氏一家を移動させることは、経験上「民間団体では不可能」として、韓国政府が介入、主導したとの見方を示す。

 ハンソル氏が「金一族」を自認したことも注目点だ。この消息筋は、金正恩朝鮮労働党委員長の指導体制の正統性の根拠とされる「白頭山の血統」を宣言したことを意味し、体制を揺さぶる意図が明白だと指摘した。

 英国に拠点を置く脱北者団体「国際脱北民連帯」の幹部は、生前数回にわたり正男氏に接触し、第三国で樹立する「亡命政府」の首班を担うよう要請していたことを明らかにしている。

 ▽最初で最後

 脱北者支援を長く続けてきた非政府組織(NGO)「北朝鮮難民救援基金」の加藤博理事長は、ハンソル氏の動画について「父親を殺され、いつまでも黙っていられないという思いと、自分の身の安全確保が第一の目的」と分析した上で「亡命政府への布石とみる人も出るだろう。本人にその意思があるかは分からないが、期待する人々はいると思う」と語る。

 「千里馬民防衛」は「これが最初で最後の声明だ」としており、今後は情報を公開しない考えを示している。ただ遺体の身元確認と事件の捜査を進めるマレーシア警察は、ハンソル氏の協力を得たいところだ。

 マレーシア警察のカリド長官は7日、正男氏の親族のDNAサンプル入手に「自信を持っている」と言明。マレーシアがハンソル氏らと何らかの接触を持っているとの臆測も出ている。(ソウル、香港、クアラルンプール、東京共同)