2017年(平成29年) 12月13日

沖縄タイムス+プラス ニュース

阿部岳記者の視点[山城議長保釈]抵抗 県民の願い代弁

 瀬長亀次郎氏が出て来た時もこうだったのだろうか。18日、那覇拘置支所前の群衆の中で、1956年の光景を想像した。

山城博治議長

 瀬長氏は復帰前、絶対権力だった米軍と闘い、微罪で1年半投獄された。当時の沖縄刑務所は今の拘置支所のすぐ近く。出所した時、門の外にはやはり多くの市民がいた。笑顔で右手を高く挙げ、応える写真が残っている。

 山城博治議長の場合はどうか。市民が歌い出した。山城議長はカチャーシーを舞い始め、輪が広がった。

 それは辺野古や高江で山城議長が育ててきた運動の形だった。機動隊と激しく衝突する一方、歌や踊りを取り入れ、なるべく幅広い層が来られるように心掛けてきた。

 形は、山城議長が不在の5カ月間も引き継がれた。政府はリーダーを現場から引きはがして打撃を与えることには成功したが、市民はしぶとく抵抗を続けた。

 18日歌われた「今こそ立ち上がろう」は山城議長の作詞。「沖縄の未来(みち)は沖縄が拓(ひら)く」と始まる。歌も闘いも、県民の最低限の願いを代弁している。

 瀬長氏は「弾圧は抵抗を呼ぶ。抵抗は友を呼ぶ」という言葉を残した。その通り、瀬長氏の投獄は逆に市民の怒りに火を付け、米軍はついに沖縄占領を続けることを断念した。

(北部報道部・阿部岳)

勾留ありきの検察立証 森川恭剛教授琉球大(刑法)

 保釈は当然だ。人質に取られたままでは弁護人も裁判を争うこと自体が難しく、無罪を主張するほど勾留が長期化しないか不安だった。検察官の有罪立証に対する防御権がやっと保証された形だ。遅きに失したが、勾留の必要がないことを、裁判官が初公判でやっと理解できたということだ。勾留理由の「罪証隠滅の恐れ」は、単なる言い掛かりで職権乱用と言える。

 しかし、被告人であることから解放されたわけではない。行動の自由が制約され、キャンプ・シュワブのゲート前に立つことも禁じられているだろう。関連する集会参加などにも影響が及ぶかは不明だが、共犯とされる男性など、会える人物にも制限があるだろう。

 初公判を傍聴したが、検察の立証は勾留ありきで、時間稼ぎの人権侵害裁判だ。証拠のビデオ映像は公訴事実前のシーンに終始した。本気で有罪にしたいのか、とあきれる展開だった。検察官は直ちに起訴を取り消し、裁判所は訴訟手続きを打ち切るべきだ。(談)

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