故郷と日常を奪われた避難者の訴えに、司法が原発事故は安全対策を怠った「人災」だと結論付けた。繰り返される「巨大津波は想定外」の言葉が、責任逃れ以外の何物でもないことを突き付ける。

 東京電力福島第1原発事故で福島県から群馬県などに避難した住民が、国と東電に損害賠償を求めた集団訴訟で、前橋地裁は両者に賠償を命じる判決を言い渡した。「津波の到来を予見でき、事故は防げた」と判断したのである。

 全国で約30件起こされている集団訴訟の最初の判決は、多くの避難者に希望を与えるものになった。

 裁判の争点は、事故を引き起こすほどの巨大津波を予測できたかという「予見可能性」だ。

 地裁は、政府が2002年に「福島沖を含む日本海溝沿いでマグニチュード8級の津波地震が30年以内に20%程度の確率で発生する」と推定した長期評価を重視し、「予見は可能」と指摘。さらに東電が長期評価の考えを取り入れ津波の高さを試算した08年には「実際に予見していた」と踏み込んだ。

 第1原発を襲った津波は15・5メートル。東電の試算による津波の高さは15・7メートルだった。

 判決が「安全性より経済的合理性を優先させた」と東電を厳しく非難したのは、非常用電源車の高台配備など時間や費用を要しない容易な対策さえとっていなかったからである。

 甚大な被害を引き起こす原子力災害に対し「万が一の備え」を求める判決を重く受け止めてもらいたい。

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 今回、裁判所が国の監督権限に重きを置き、違法性を認定した点も大きな意味を持つ。

 国は規制権限に基づき東電に津波対策を取らせるべきだったのに、それを怠ったからである。権限を行使しなかった責任は補充的なものでなく、賠償すべき慰謝料も東電と同等としている。

 一方、原告137人のうち賠償が認められたのは62人で、賠償額は約15億円の請求に対し約3855万円だった。

 原発事故被害の補償を巡っては、避難指示区域の住民と自主避難者との間に格差がある。自主避難者にとってほぼ唯一の支援だった住宅の無償提供も今月末で打ち切られる。

 故郷を離れた苦しみ、放射性物質への不安、周囲からの心ない言葉に傷つく避難者を思えば、その額は明らかに少ない。原発事故特有の被害にもっと目を向けてほしい。

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 今月11日に開かれた東日本大震災の追悼式で安倍晋三首相が「原発事故」の文言を使わなかったことに、福島県の内堀雅雄知事が「違和感を覚えた」と苦言を呈した。

 福島では今なお、震災と原発事故による県内外への避難者が8万人近くにも上っている。ふるさとを追われた悲しみと、語られなかった言葉との間に大きな溝を感じる。

 判決は電力会社と一体となり、国策として原子力事業を推進してきた国の責任を厳しく問うものである。

 避難者支援や救済のあり方を考え直すべきだ。