国の終身強制隔離政策による人権侵害を断じたハンセン病国賠訴訟の原告、沖縄出身の玉城シゲさんが15日、入所する鹿児島県の星塚敬愛園で亡くなった。98歳

▼20歳の時、「1年で出られる」と言われて敬愛園に入り、78年間も過ごした。園内で結婚し、女の子を宿すも7カ月で中絶させられる。麻酔なしで手術した眼科医の言葉。「国のやっかいになっている身で恥ずかしくないのか」

▼1998年、国相手の訴訟に大多数の入所者が反対する中、シゲさんは「私の人間性と子を奪ったのは国」と立ち上がる。第1次原告13人の1人として、強制堕胎の体験を法廷で証言した

▼苦い記憶がある。沖縄出身の上野正子さん(89)の取材で2001年に敬愛園を訪ねると、シゲさんも出迎えてくれた。「後で話を聞かせてください」。しかし、正子さんの取材を終えたのは午前3時。もう寝ただろうと思って声を掛けなかったが、シゲさんは徹夜で待ってくれていた

▼朝、笑顔交じりで「あんたよー、待ってたのにー」。はっとした。閉じ込められた入所者は、壁の外の訪問者を待ちわびながら生きてきたのだと。曖昧だった約束を心底謝った

▼06年、県の里帰り事業で帰郷した際に呼んでもらい、那覇市で再会したのが最後になった。「待ってたのにー」と言った時の、寂しげな顔が忘れられない。(磯野直)