「山原と文学」は歴史と自然、文化の複合から生まれた。かつて那覇・首里方面から山原をどのように見ていたかを示唆する琉歌「山原に行けば哀れどや至極(ヤンバルニイキバアワリドヤシグク) 見る方や(ミルカタヤ)ないらん(ネラヌ)海と山と(ウミトゥヤマトゥ)」を紹介したのは学長の山里勝己。「〔切っ先〕としての『やんばる』-場所の視点から」と題した論考を執筆した。人と物量の集積度により作られていく価値観が読み取れる。

沖縄タイムス社・1080円

 山里は、本書発行の意と文学と場所、とりわけ「『場所』と文学」の項で、その場所性について歴史、社会的視点から論じ、「人間と自然環境が網の目状に結びつき、相互依存関係にあるところ」と記す。まさに山原の場所性に符合する極め付きだ。山原の永(なが)い歴史と人々の営為の積み重ねと記憶が繋(つな)がれてきた場所、生業や祭祀(さいし)・言語・子どもたちの育ち・食・モノづくり。療法・文学・情緒・旅・学問などと複合的につながってきた場所がこの山原だから。

 大城貞俊は山原の地で生を受けた作家だ。多くの山原出身の作家と自らの「やんばる三部作」に触れている。ボクは陸の孤島楚洲を舞台にした「椎の川」に、厳しくも村落共同体と豊かな自然とハンセン病を入れた愛のこもった作品を何度も読み返した記憶をたどる。大城は、山原を書くことは、「過去の出来事を現在に呼び覚まし、現在や未来を相対化する力を得ることができるから」と述べる。

 吉川安一は20代で作詞した「芭蕉布」はじめ400を超える歌謡を手掛ける。照屋理は『おもろさうし』を詳細に解剖、西岡敏は山原の言葉と琉歌を各地に残る碑を紹介しながら細かに解説しており目からうろこが落ちる。

 小嶋洋輔の明治以降の山原の多くの小説家の紹介に驚かされる。小番達は『椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)』を取り上げ、山原に伝わる為朝渡琉伝説を説く。屋良健一郎は「やんばると短歌」を近世から近現代の作品を紹介する。人間の生き方を根源から問い直してみようという思いを込める本書シリーズは一読の重み十分にある。(島袋正敏・黙々100年塾蔓草庵主宰)

執筆者は山里勝己、大城貞俊、吉川安一、照屋理、西岡敏、小番達、小嶋洋輔、屋良健一郎の8氏。本書は「名桜大学やんばるブックレット」シリーズ1巻