赤瓦屋根の町並み、白い砂の道、原色の草花、サンゴ石灰岩の石垣、ゆっくりと進む牛車。沖縄の懐かしい原風景と伝統文化が息づく竹富島。個性あふれる八重山の島々の中でも美しさが際立つ

▼昔ながらの景観が保たれるようになったのは、1986年に島民自身がつくった「竹富島憲章」にさかのぼる。その制定に関わり、島の文化発展に貢献した上勢頭芳徳さんが亡くなった。73歳

▼憲章は外部からの土地買い占めを阻止し、文化と自然環境の保全を優先させる島を守るルールとなった。知名度は今や全国的となり、年間約50万人の観光客が訪れる

▼取材で竹富島を訪ねると、上勢頭さんはいつも温かく迎えてくれた。帰る時は「竹富島よろしくね」。記事が掲載されると、必ずお礼の電話や手紙をもらった。その言葉からは島に対する愛情、誇りがほとばしっていた

▼長崎県出身。復帰前に大学の卒業旅行で訪れた竹富島が忘れられず復帰後に移住、島の女性と結婚した。県外出身初の竹富公民館長就任時、リゾート開発計画が持ち上がった。批判もあったが地道に協議を重ね、島の景観に配慮した赤瓦屋根の高級リゾートを受け入れた。島の環境保全と発展の両方を考えた結論だった

▼告別式は島内で行われ、多数の人が参列したという。300人余りの小さな島に、大きな足跡を残した。(玉寄興也)