ビザスク社事業部長 井無田ゆりかさん(37)=那覇市出身

 話す言葉によどみはない。口調もテンポよく、素早い。超一流のキャリアウーマン、そんな印象を強く受ける。経歴をうかがうと、素の才覚と鍛錬の成果が想像できる。

「成長産業で株式上場を経験したい」と意欲を話す井無田ゆりかさん=都内のビザスク社

 検事を目指して大学は法学部を選んだが、ゼミの先輩の影響もあり外資系金融機関を受けた。世界規模で展開するJPモルガン証券の監査部から、採用のオファーがあった。

 業務全体が適切に執行されているか、経営者の視点で社業を点検する部署。「だめなものをだめと言える、検事のスピリットを持って仕事ができる」と入社を決めた。監査部門の新卒採用は、アジア地域で初だった。「私が失敗したら、新卒採用がなくなる」とプレッシャーを感じながらも「経営者の目線を持ち、何が合理的かを判断する感覚を身に付けた」と振り返り、充実ぶりを語る。

 金融の仕組みから商品の知識、社内システムまで、業務に関わるあらゆる内容に精通しなければいけない。コミュニケーションも文書も英語。日本だけでなく中国、韓国、オーストラリアなどアジア・オセアニア地域の海外法人の監査も担当した。いかにチャレンジングな仕事だったかがうかがえる。

 「楽な道を選ばない」「大変だから夢中になれるし、やった後の喜びも大きい」。達成感や成長を強く意識するのは「母の影響が強い」という。

 琉球銀行の職員だった母親は、初の女性支店長、本店営業部長、関連会社役員も歴任、経済界では「知る人ぞ知る」人物。目標を持ち、人がやっていないことに挑戦することを説かれた。「ナンバーワンでなくても、オンリーワンであること」と教えられ、その生き方が身に染み付いてる。

 ちなみに、嫁いだ先の「井無田」姓に、往時、県内でも事業再生を請け負った有名ファンドを思い起こす経済人もいるはずだ。

 ニューヨーク本社での勤務も経験し、入社10年で退職。夫の転勤で約2年、再び米国生活を送り一昨年に帰国。2016年、人材マッチングのビザスクで法人向けビジネスの管理職に抜てきされた。「会社と社員をどう成長させるか」に意を注ぐ毎日だ。「死ぬまでに必ず沖縄の発展に貢献したい。その時のために力を蓄えます」。常に先の目標を見据え、歩みを止めない。(東京報道部・宮城栄作)

 いむた・ゆりか 1979年、那覇市生まれ。首里高、慶応大を卒業後、2003年にJPモルガン証券に入社。新卒者として初めて内部監査部門に配属された。前例のない人事に試行錯誤が続いた。06年から2年間ニューヨーク本社に勤務し、帰国後は資産運用部門などでも勤務した。16年、ビザスクのVQ事業部長として入社した。

「成長産業で株式上場を経験したい」と意欲を話す井無田ゆりかさん=都内のビザスク社