東京ではソメイヨシノの開花の宣言があり、街や公園には桜の淡紅色が広がりつつある。沖縄で見られない桜だが、咲いている場所によっては圧巻の風景もある

▼春の人事異動で沖縄に戻る。その桜を見るのも今年で一区切りと思うと、少しの感傷を覚えないでもない

▼〈さくらだといふ 春だといふ 一寸(ちょっと)、お待ち どこかに 泣いている人もあらうに〉。3年前、上京間もないころ、このコラムに書いた詩人・山村暮鳥の「桜」を思い出した。あまり浮かれ過ぎずに、悲しみや苦しみの中にある人の時を思う心も持ち合わせていたい、と引用した

▼東日本大震災から3年という節目でもあった。進まぬ復興や原発事故の被害と、先がまだ見通せない時期であった。わが事のように彼の地に思いを寄せ、課題に向き合うことが大事だと思っていた。振り返って、どのくらい向き合えたかは心もとなさもあるが、共感する気持ちは持ち続けた

▼沖縄の基地問題も同様である。遠い「沖縄の問題」とせず、暮らしや人権、民主主義、自治の問題、普遍的価値の問題が内在することを、県外にも伝え、考えてもらわねばならない

▼以前と比べ、理解は広がったと実感する。東京では多くの地方紙記者とも知り合えた。つながりを大事にして、地域課題に一緒に向き合っていけたらと思う。(宮城栄作)