■上地流空手道振興会本部道場 上原武信氏(県無形文化財保持者)

19歳のころの上原武信氏=1949年9月(提供)

「空手は心と体を鍛える」と語る上原武信氏=那覇市小禄の上地流空手道振興会本部道場

稽古に励む上地流空手道本部道場の生徒と上原武信氏(中央)

19歳のころの上原武信氏=1949年9月(提供) 「空手は心と体を鍛える」と語る上原武信氏=那覇市小禄の上地流空手道振興会本部道場 稽古に励む上地流空手道本部道場の生徒と上原武信氏(中央)

 「空手は心を鍛えるもの。鍛錬を続けることで頑丈な肉体と強(きょう)靱(じん)な精神が身に付く」。県指定無形文化財「沖縄の空手・古武術」保持者の上原武信氏(87)は力強く語る。空手に打ち込んで約60年。上地流の範士10段は今も「空手に終わりはない」と技と心を磨く日々だ。館長を務める上地流空手道振興会本部道場(那覇市小禄)で、弟子たちに型や思想など受け継いできた伝統を教え続けている。(社会部・浦崎直己)

 父であり、空手の師である上原三郎氏(那覇市出身、1900~65年)の下で、幼少期から空手に触れ、18歳で「強くなりたい。精神を鍛えたい」と本格的に取り組んだ。那覇市宇栄原のテント小屋の道場で毎日のように巻(まき)藁(わら)突きやウサギ跳び、型の反復練習を繰り返し、自らを鍛え上げた。

 三郎氏は上地流の開祖・上地完文氏(本部町出身、1877~1948年)の弟子。和歌山県の上地氏の道場で、上地流の基本となる型「サンチン」などを学んだ。

 上地流は、上地氏が中国福建省福州で学んだ虎拳(パンガイヌーン拳法)を基に確立した流派。拳質は「龍虎鶴の拳」とされ、龍虎鶴の攻防の動きが型や技に取り入れられている。

 「サンチン」は極短時間で息を鼻から吸い、口から吐く独特の呼吸法や立ち方、すり足、構えなど、上地流の心技体の基礎を習得する型だ。何十回、何百回と鍛錬し、集中力や忍耐力を高め、不動の心を養う。

 上地流には「サンチンに始まって、サンチンで終わる」という上地氏の教えがある。三郎氏は生涯徹底し、他界する数週間前まで鍛錬を続けたという。道場を35歳で受け継いだ武信氏も教えを守り、「サンチン」の指導に力を入れている。

 3歳から大人まで約50人が稽古に励む道場。子どもの部では礼儀作法も徹底して指導する。午後7時から始まった稽古。武信氏は「サンチン」の構えや立ち方を直し、指先や太ももに力が入っているかなどを手でたたきながら、鋭い視線で確認。最後は「人には礼節をつくすこと」「日々の営みもすべて修行と思うこと」などをまとめた指導理念を全員で復唱し、教えを心に刻んだ。

 沖縄の空手の魅力を「生涯続けられること」と言い、心を鍛え、人間形成につながる空手へのまなざしは熱い。「空手は自分との闘い。どんなに苦しいことがあっても、可能だと思える心を体得するまで続けることが大切」と日々の鍛錬の重要性を説く。

 世界に広がった沖縄空手。「空手発祥の地・沖縄をもっとアピールしなければ」。さらに空手を世界に広げるために上地流の「サンチン」など、各流派が受け継いできた型や鍛錬法、思想を見つめ、流派ごとに体系化していく必要性も強く感じている。「伝統空手は流派にある。流派を守り、受け継いでいかないといけない」

 【プロフィール】うえはら・たけのぶ 1930年1月24日、和歌山県で生まれる。18歳から空手に本格的に打ち込む。父・三郎氏が他界し、35歳で道場を引き継ぐ。75~77年、全沖縄空手道連盟第5代理事長を務める。2013年に県指定無形文化財「沖縄の空手・古武術」保持者の認定を受ける。

 【お知らせ】「週刊沖縄空手」のページでは、空手に関するさまざまな話題をはじめ「道場めぐり」(毎週)、沖縄県立博物館・美術館館長、田名真之氏の「沖縄空手ヒストリー」(第1、3週)、ミゲール・ダルーズ氏の「世界の沖縄空手事情」(第2、4、5週)などを掲載します。