しばらくぶりの「ワジワジー通信」だ。けれどもこの間、沖縄をめぐる出来事はワジワジーすることがあまりにも多くて、それらを記すだけでも紙面を覆いつくしてしまいかねない分量になるので、今回は論点を絞ることにしよう。沖縄の米軍基地建設反対運動のリーダー的存在である山城博治氏の保釈と、そこで考えなければならないこの国の司法の「変質」についてである。

5カ月ぶりに保釈され支援者から祝福される山城博治議長(左から2人目)=3月18日午後8時すぎ、那覇市樋川・那覇拘置支所前

 沖縄平和運動センター議長の山城氏は3月18日保釈された。初公判の翌日のことである。去年の10月、東村高江のヘリパッド建設反対の抗議行動のさなか、米軍北部訓練場内の有刺鉄線を切ったという器物損壊の容疑で逮捕されて以来、いくつもの罪状で再逮捕が繰り返され(公務執行妨害、傷害、威力業務妨害)、何と5カ月以上、152日という長期勾留の末に保釈されたのだった。

 那覇地検は最後の最後まで保釈に反対し続けた。裁判所は長期にわたって家族も含めた接見禁止処分を認めていた。山城氏に対しては、靴下等の生活必需品の差し入れも2カ月以上禁じられ、さらには那覇地検は、国民の最低限度の権利である弁護士との接見にさえもさまざまな注文をつけ続けた。山城氏にあてられた励ましの手紙約400通も全く本人のもとに届かないようにされていた。逮捕・起訴された山城氏は、保釈に至るまでの長期間、そのような境遇に置かれていた。このこと自体がまず異常である。

 今年1月26日には、国際的人権団体アムネスティ・インターナショナルが、早期釈放と適切な医療措置等を求める異例の声明を出していた。山城氏は悪性リンパ腫を患って入院していた経緯がある。また複数の人権団体や刑事法学者、有識者からも、山城氏の長期勾留は、露骨な運動つぶしを企図した動きであって、司法の機能を逸脱しているとの訴えがなされていた。だがこの国の司法を担う裁判所や検察庁は、聴く耳を持たなかったようだ。

 山城氏が勾留中に〈現場〉では一体何が起きたか。東村高江では米軍用のヘリパッド建設が力づくで完了した。反対派市民を機動隊がごぼう抜きにして、工事車両を何台も走らせての、まさに突貫工事の果ての完成だった。いわゆる「辺野古訴訟」は県の敗訴が確定し(去年12月20日)、国・沖縄防衛局は、司法によって工事GOの「お墨付き」を得られたと主張して、まさにその通りにことが進められた。

 名護市辺野古では、海上埋め立て工事が再開され、巨大な作業船が海上に姿を現し、再び反対派の抗議船などの海域進入禁止を表示するオレンジ色の浮具(フロート)が大浦湾に張り巡らされた。海の機動隊=海上保安庁の警備艇も以前のように存分に力を行使し始めた。その傍らで、工事にともなう汚濁の防止膜を固定するためだというコンクリート・ブロックが次々に海中に投げ込まれていった(最終的には228個)。山城氏の勾留中に、国・防衛局はまさに思いのままにことを進めることができた。これが客観的な事実である。

 僕は、山城氏が勾留されていなかったら、これらのことは止まっていたかもしれない、などと空想的なことは言うつもりはさらさらない。国・防衛局の、政治的な、物理的な力はこの国においては圧倒的なのであって、アメリカ政府から「待て」と言われない限り、工事は進められただろう。ではなぜ山城氏はやられたのか。彼は非転向を貫く米軍基地建設反対運動の象徴的存在であって、まさにそのことが彼が長期勾留を課された理由なのである。それを裏付ける種々の事象がある。

 僕らの国の司法にはかつて「予防拘禁」という仕組みが合法的制度として存在していた。戦前、あらゆる社会運動を弾圧する機能を果たした法律に治安維持法があった。この法律に違反したとして摘発された受刑者のうち、非転向、あるいは転向が不十分だとみなされた者は、「再犯のおそれあり」として出獄を取り消し勾留し続けることができる制度が「予防拘禁」だった。

 僕は山城氏の尋常ではない長期勾留や接見禁止措置を考えた時に、この治安維持法下の「予防拘禁」のことをすぐに想起した。今、政権は「平成の治安維持法」と言われている共謀罪法案(彼らによる呼称はテロ等組織犯罪準備罪法案だが)を国会に上程し成立を急いでいる。この動きと山城氏逮捕・長期勾留の動きは連動したものと思わざるを得ないのだ。

 実は山城氏逮捕の捜査を顧みる時に見過ごせない司法警察・検察の動きがある。山城氏の逮捕・再逮捕と相前後して東京、神奈川など全国十数カ所で家宅捜索が行われ、主にパソコン、USBメモリーやハードディスクなどの記録媒体、携帯電話などを集中的に押収していった。パソコンの押収点数は計8台、記録媒体が15台、携帯電話も7台が押収された。

 捜査当局はこれらの押収物から、メールやラインなど会員制交流サイト(SNS)での通信記録を細かく掌握しチャートを作成していった。なぜそんなことをするのか。彼らは、米軍基地建設反対運動を、山城氏を「首謀者」とする壮大な犯罪組織に見立てようとしているのである。「一味」が事前に「共謀」してあのような大反対行動を企てているのだと。

 しかし僕は長年の記者取材経験からわかるのだが、公安警察や公安検察のなかには、想像力がとてつもない奇形的な膨張を遂げてしまった人々が存在していたりする。彼らの頭のなかには常に「国策にまつろわぬ者=犯罪集団=取り締まり対象」という図式が出来てしまっている恐れがある。そう、彼らの頭の中には戦前の治安維持法が生きているのである。だから、まるでアルカイダかイスラム国に対するような扱いがとられてしまいかねないのだ。

 山城氏の公判に証拠申請されている膨大なビデオ映像の記録(ブルーレイディスク数十枚)はどのようにして撮影されたかを想起してみるといい。彼の行動の一挙手一投足をバーの先に取りつけた小型ビデオカメラ20台以上で、警察、防衛局等の「撮影班」がよってたかって撮影したものがそれである。そのこと自体が実は異常なのだ。それを異常と認識できないほどに僕らの感覚がすでに麻痺(まひ)してしまっているのかもしれない。

 沖縄ではプレ「共謀罪」捜査が先取りされている。これは憲法のもとにある民主主義国家においてあってはならない、司法の「変質」を象徴する動きである。

 (テレビ報道記者・キャスター)=随時掲載