「まやーぬ、ちょーんどー(猫が来たよー)」。その声が劇場内に伝わると、沖縄芝居は、せりふのない舞踊に変わった。1943年ごろの大阪でのエピソードを役者の八木政男さんから聞いた

▼招かれざる「猫」とは警察官のこと。舞台で「沖縄方言」が使われていないかチェックしていたという。故郷の言葉を求め、京都や奈良からも来ていた観客は芝居が中断しても「何事もなかったかのように、普通の顔をして座っていました」

▼故大宜見小太郎さんが率いた劇団が使用した当時の台本には、「大阪府保安課」印がある。大衆演劇も検閲を受け、国家の監視下にあった時代だった

▼それから2年後の1945年4月9日、首里城の地下壕にあった日本軍司令部から「沖縄語ヲ以テ談話シアル者ハ間諜(かんちょう)トミナシテ処分ス」と命令が出た

▼談話だけでスパイとみなして処分するとは常軌を逸している。沖縄本島への米軍上陸後の緊張の中、未知の言葉で話す県民を日本軍は疑心暗鬼の目で見ていたのだろう

▼連想するのは国会で審議が始まった「共謀罪法案」。テロなどの組織犯罪を防ぐとの大義名分で、市民の行動までもが監視対象となる可能性が指摘されている。人々の会話に聞き耳を立てる無粋な「猫」が歩き回る社会が、すぐそこまで来ている。(玉城淳)